後継者たち (六)

 「三者による会談が行われるにせよ、なんにせよ、それは葬儀後の話」と、まえぐんかん[オヴァルテン・マウロ]どのの去り際に、サレは告げた。軍務監どのもそれを了承した。


 鳥籠[宮廷]の使者と軍務監どのに会っておいて、他の者を放っておくわけにもいかなかったので、サレは順次、客に会った。

 ラウザドのオルベルタ[・ローレイル]も足を引きずりながら、応接室へ入って来たが、「忙しそうですから。また来ます」とサレの顔を見ただけで場を去ろうとした。

 サレがこれからどこに行く気かを聞くと、「鳥籠へ象を観に行きます」と言ってきた。

 平民は気楽でいいと思いつつ、「きょうの宿が決まっていないのならば、泊まっていくがいい。話したいこともある」とサレが告げると、オルベルタは承知した。


 その後、サレが客と話し込んでいると、部屋の外から押し問答の声が聞こえた。

 何事かとサレが振り向くと、応接室の扉が勢いよく開き、[オリサン・]クブララどのが顔を真っ赤にして入って来た。

「ノルセン、公女[ハランシスク・スラザーラ]さまを当主の座から降ろすなど、おまえは正気か」

 「まあ、まあ」とサレはクブララどのをなだめつつ、客に退席願った。屋敷中に響く声であったから、スラザーラ家の家督という配慮を必要とする話が、今日の夜には都中の話題になるのだろうとサレは思った。


「ずいぶんとお耳が早いようですが、どちらから?」

 茶でも飲ませて少しは落ち着かせようと、話し合いの場を茶室に移したのち、サレはクブララどのにたずねた。

「両公の周辺だ。近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]と東州公[エレーニ・ゴレアーナ]の」

「さすが、せいとうの実力者だけはありますな」

 そのように言いながら、サレが茶碗を差し出すと、クブララどのは、ある意味、いくさ人らしく、作法も何もなく、茶を一気に飲み干した。

「この時季に熱い物を飲むなど、おまえたちの道楽は意味がわからん」

 叩きつけるようにクブララどのが茶碗を机の上に置いたので、サレはひびが入っていないか確認をはじめた。その器は、そこそこのしろものであった。

「冷たいものは腹にわるいですから」

 サレが茶碗を見ながら言うと、クブララどのがひじ掛けを叩きながら、「場合によっては、腹がどうこう気にする必要はなくなるぞ、お互いに」と脅してきた。

「どういうことですか?」

「どうもこうもない。家督の座をボルーヌの娘なんぞに譲ることになれば、亡き大公[ムゲリ・スラザーラ]さまの面目に関わる。それを防げなかったのならば、新しくできた大公さまの墓の前で、いくさ人らしく、ふたりそろって胸を刀で突き合うのが筋であろう」

 サレが無言でいると、忌々し気にクブララどのが次のように吐き捨てた。

「あの雀蜂め。いつからこの機会を狙っておったのだ。口惜しい」

「しかし、オリサンさま。その雀蜂どのの言うことにも一理あるとわたくしは思いました。東州公と公女さまとの間で、どのような話し合いがあったか、細かいところまでは聞かれておりませんでしょう。いまからお話いたします」

 サレが茶碗から目を離し、クブララどのを一瞥すると、彼は机を右のこぶしで叩いた。

「そんな話は聞きたくない。理屈があろうがなかろうが、許しがたい話だ。青衣党としては絶対に認めんからな」

 殺気立つクブララどのに「参りましたな」と言いつつ、昼食も取らずに人と会っていたサレは、労困憊ろうこんぱいのため、礼儀にもとる行いであったが、椅子に深く身をうずめた。

「しかしですね、オリサンさま。もう話は動きはじめていまして、近北公が公女さまに家督をどうするのかおたずねるになられるそうです。そこで、公女さまが、いまの地位を堅苦しいものとお考えならば、我々にはどうしようもないではありませんか」

 サレはクブララどのに同意を求めたが、それは再度、拳で机を叩くことで拒否された。

「ノルセン、それは大きな考えちがいだ。公女さまのご意志などというものは、この際は二の次だ。ボルーヌの娘なぞに家督を与えてなるものか。そもそもだ。大貴族の娘のまねをして、自分の名を隠すなどとしゃらくさいことをしているのから気に食わん」

「それは別に、彼女が望んだことではありますまい。父親がすべてわるいのですよ」

 サレがボルーヌの娘を擁護する言葉を吐いている間、聞いているのかいないのか、クブララどのは横を向き、しきりにひじかけを叩いていた。

 サレはこれではらちが明かないと考え、また、疲れていたので、「仕方がありませんな。それでは、公女さまが当主の座を降りると決められた場合、わたくしは大公さまの墓前で首筋を斬ります。それで家宰としての責任を果たしましょう。それでよいですか?」と思い切ったことを口にした。

 すると、クブララどのは立ち上がって、「おまえが死んで何になる。公女さまが当主の座を降りぬように説得するのが家宰としてのおまえの勤めであろう」と怒鳴った。

 それに対して、サレも売り言葉に買い言葉で、「私はハランシスクさまの判断を尊重します。それが従者としての役目でしょう」と言い放った。

 そのようなサレの言に、「時には主君の意にそわぬこともいるのが、忠臣の勤めであろうが」とクブララどのの怒りが爆発した。


 言い争いがとめどなく続き、収集がつかなくなった頃、サレの従者が恐るおそる中に入って来た。

 それに対して「大事な話の途中だ」と、クブララどのが茶碗を壁に投げつけたので、サレは立ち上がって壁に近づき、「なにも器にあたることはないでしょう」とそのかけらを手にした。

 わめらすクブララどのを背に、サレが茶碗のかけらを拾い集めながら、「何の用だ」と従者を問いただすと、彼が小声で「鹿しゅうかんに来るようにと、近北公さまからのご伝言です」と告げた。

 その言葉を聞いた瞬間、サレはてのひらを返して、茶碗のかけらを床に落とした。

 それから、「仮病を使うか」と従者に言ったが、彼はゆっくりと首を横に振った。


 近北公から呼び出しがあったむねをクブララどのに伝えると、彼もついて来ると言った。

 それは避けたかったので、「執政府の離れにて、スザレ・マウロとの会見に同席するようにとのご指示です」とサレはうそをついた。

 近北公に言いたいことはあるが、スザレの顔なんぞは見たくもないクブララどのは、「よくよく近北公さまに事の理非を説くように」と、理屈云々ではないという先ほどの発言に反する言葉を残して、茶室から出て行った。

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