後継者たち (五)

 茶室にて、乳を煮立てた小鍋にサレが茶を入れていると、まえぐんかん[オヴァルテン・マウロ]どのが声をかけてきた。

「忙しいところを失礼した」

「いいえ。ちょうど、茶を飲みたいと思っていましたので」

「そうは言っても時間がないだろうから、作法にはもとるが、いま、用件を伝えても構わぬかな?」

 軍務監どの言に、サレはさじで小鍋をかき回す手を止め、彼の方へ体を向けてから、ひとつうなづいた。

「見当はついておられるだろう……。兄が、公女[ハランシスク・スラザーラ]どのと東州公[エレーニ・ゴレアーナ]どのに直接お伝えしたい話があるとのことで、その席に公女どのが坐られるよう、骨を折っていただきたい」

 軍務監どのの求めに、サレは匙を回す自分の手元を見つめながら、口を開いた。

「何のためにですか?」

「兄の頭の中では、いくさが起きようとしているので、それを止めたいのだろう」

「それで、公女さまと東州公に……。非常に気が進みませんな」

 「そこを何とか、頼めないだろうか」と軍務監どのが口にしたので、サレが小鍋から目を離して彼の方をみると、席に坐ったまま、頭を下げていた。

 サレは慌てて、「頭をお上げください」と言ったのち、無言のまま、茶を用意し、軍務監どのの前へ茶碗を置いた。

 そして、自分も椅子に坐ると、次のように述べた。

「まず、公女さまご自身が承知されたうえで、近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]のご同意を得なければなりません。……気は進みませんが、わたくしからおふたりに話しておきましょう」

 サレの回答に、軍務監どのは再度、頭を下げた。

「東州公どのからは、公女どのが出席なされるのならば、非礼なことはしないと約束をいただいている。よろしくお願いいたす」

「お話はいたします。それ以上のことは確約できませんが……、伝え方には留意いたしましょう」

 そのように言いながら、サレが茶を勧めると、「かたじけない」と軍務監どのが茶碗を手に取った。

「大公[スザレ・マウロ]さまではなく、あなたさまの顔を立てるために、ご協力いたします。わたくしは前の軍務監どのに敬意を抱いておりますから……。しかし、残念ながら、わたくしもただでは動けません。これは、あなたさまへの貸しということで、よろしいですかな?」

 サレの言に「もちろん、もちろん」と言いながら、軍務監どのは茶をすすった。

 その様を見ながら、サレが問うた。

「なぜ、そこまで大公さまのためにご苦労をなされるのですか。あまりに得るものが少ないように思えます……。そう捉えているのは、わたくしひとりだけではありますまい」

 問いかけに、軍務監どのは作法正しく口元をふいてから、話に応じた。

「兄に仕える以上、それに従うのが弟の生き方かと」

「あなたさまは十二分に、孝悌の道を尽くされた。もう、好きにされてもよろしいのではないですか。大変失礼な物言いをいたしますが、スザレ・マウロは、もう終わった人間です。しかし、前の軍務監どのはちがう。これからがおありだ……。近北公は喜んであなたさまを厚遇で受け入れるでしょう。いや、近北公だけではなく、東州公も」

 サレの言葉に対して、軍務監どのは微笑を返すだけで、しばらく沈黙をつづけた。そののち、自嘲気味に言った。

「お言葉はうれしいが、我が身も、もう五十過ぎ。終わった人間だよ、私も」

「そうは思えませんが……。しかし、オヴァルテン・マウロ。あなたさまは兄上のあなたに対する仕打ちを本当に受け入れられていらっしゃるのですか?」

 サレの問いかけを聞き終えると、飲み終えた茶碗を軍務監どのが小盆の上においた。

「そうだと言えばうそになる。しかし、弟なので許している。……これくらいで勘弁願いたい」

 苦笑する軍務監どのに、サレが「わたくしには理解できませんな」と口を開いた。

 すると、軍務監どのは真顔になって、サレへ次のようにたずねた。

「本当か? ひゃっちょうならば、私の心持ちというものをわかってくれると思うのだが」

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