エレーニ・ゴレアーナ(八)

 昼過ぎ、鹿しゅうかんを後にする東州公[エレーニ・ゴレアーナ]を見送ると、サレは館内に入り、公女[ハランシスク・スラザーラ]のようすをタレセ・サレにたずねた。

「お部屋で一通り暴れたあと、いまは寝ているわ。後片付けがたいへんよ」

 義姉ぎしの言に、「まるで子供だな」とサレがため息をついたのに対して、「そういう風に育てられたのだから仕方がないわ」とタレセは言葉を返したのちに、義弟を次のようになぐさめた。

「当たり前の話だけれど、あなたのせいではないわ」

 その物言いはサレの心に染み入ったが、「偉い人たちはそう思っていないようなのです」と言わざるを得なかった。すると、慰めようがなかったのであろう、タレセは「あら、まあ。それはたいへんね」とすこし間の抜けた声で応じた。


 サレとタレセが話している間に、公女が予言していたとおり、部分日食が起きた。

 サレが寝室の前で公女にその旨を伝えると、室内から、公女が扉に向かって花瓶を投げつけてきた。

 花瓶の割れる音を聞くと、サレは再度、ため息をついたのち、となりにいたタレセに、「高いものではないでしょうね?」と声をかけた。

 すると、タレセは大きくうなづいて、「こういうことがたまにあるから、安物に替えておいたわ」と頼もしいことを口にした。

 それから続けて、「それよりも、明後日あさっての葬儀は大丈夫かしら?」と、考えないようにしていた嫌なことをタレセが言いだしたので、サレは胃を抑えながら、「引きずってでも連れていかなければならないでしょうな」と応じた。

「あなたもたいへんね。ところで、用意していた昼食が台無しになってしまったわ。あなた、代わりに食べていく?」

 食欲がないうえに、今まで感じたことのない胃の痛みに襲われていたサレは(※1)、食事を断り、さらに増えた仕事を片付けるため、屋敷へ戻った。



※1 今まで感じたことのない胃の痛みに襲われていたサレは

 サレの死因については肺気腫によるものとするのが定説だが、胃癌を原因とする者もいる。その根拠は本回顧録の叙述であろう。

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