執政官殺し(四)
その他、必要なやりとりをすませたのち、近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]は天幕から出るために立ち上がった。それに合わせて、サレも腰を上げようとしたとき、公から仕事をひとつ依頼された。
「[
「はい。たしか、ザユリイさまとおっしゃられて、直接お会いしたことはありませんが、絶世の美女とのご評判は伺っております」
酒に酔っていて、つい余計な口をすべらせたことを、サレは直後に後悔し、一瞬で酔いが冷めた。
マルトレ候の妹御は、近北公の元婚約者であったが、それを前の大公[ムゲリ・スラザーラ]が破談させて、公女[ハランシスク・スラザーラ]と近北公を婚約させた。
妹御は、公にとっても、サレにおいても、いわくつきの女性であった。
「そうだな。たしかにうつくしい女だが、うつくしいだけの女だ。情熱はあるが、体も心も弱い女だった。まあ、そういう女を求めている男は多いだろうが」
サレの質問にそう答えたきり、公が黙り込んでしまったので、サレは仕方なく、「つい、守って差し上げたくなるお方、ということでしょうか?」と応じた。
サレの言に、公はひとつ頷いた。
「それだよ。私にはよくわからない感情だがな。私はな、ノルセン・サレ。おまえならわかってくれるかもしれないから、口にしてみるが……」
「はい」
「うつくしいものに興味がないのだ。むかしから……」
サレは少しどもりつつも、「多少は、ご発言の意味するところが、わかるような気がいたします」と真摯に応じた。
すると、近北公は苦笑しつつ、「多少か。それは残念だ」とサレに近づいてきた。
「まったく、高貴な女というのは、どいつもこいつも
サレの肩に手を置いた公に、「そちらのほうは、公よりもわたくしのほうが、それはもう」と、サレは微笑で応じた。
「それだけではなく、しつけの行き届いていない妹弟子にも困っております」
と、サレが言いながら、ラシウに目を向けると、彼女は口を尖らせて、抗議の意を示していた。
公は二人の様子をながめたあと、サレに次のように告げた。
「いくさが片付いたので、東南公[タリストン・グブリエラ]との取り決めどおり、マルトレ候の妹御を彼のもとへ送る。私の経験からだが、こういうことは、状況が変わらぬうちに、早く済ませたほうがよい……。そこでだ。急で悪いが、妹御を今月中には、東南州へ送り届けたい。ついては、東南州の兵だけでは道中の警固が心配なので、おまえも協力してやってくれ。府監もいろいろあるだろうから、おまえ自身が付き従う必要はないが、オルシャンドラ・ダウロンは出してくれ。マルトレ候を安心させてやりたいのだ。また、これは、勇者にとっても名誉なことだろう」
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