ハランシク・スラザーラ(三)

 公女[ハランシスク・スラザーラ]と国主[ダイアネ・デウアルト五十五世]の会見は、九月の五日に行われた。

 九月二日からの三日間のあいだ、良識[トオドジエ・コルネイア]派と青年[スザレ・マウロ]派の争いは、取り決めたわけではなかったが、自然と休戦状態となった。


 公女がコステラ=デイラから出る直前に、サレへ同行を求めてきた。彼は総身の血の気が引くのをおぼえながら、強く拒んだが、公女がスラザーラ家の当主の名で命じたため、もはやこれまでかと観念した。

 サレはポドレ・ハラグにコステラ=デイラのことを頼み、また、教えておいた遺言状の所在を、念のため、再度伝えた。


 コステラ=デイラから出て来た公女の輿の脇を、サレが供しているのをみて、青年派の兵士たちからどよめきが起きた。

 矢をつがえる者たちもいたが、万が一、公女に当たった時のことを考えてか、ともがらが放たれるのを防いだ(※1)。


 幕舎で公女を待っていた今の大公[マウロ]やモウリシア[・カスト]は、白面をつけた公女につづき、サレが入ってくると、見て見ぬふりをした。

 サレもふたりに視線を合わせぬように、上座へ坐った公女のとなりへ立った。


 幕舎の中が、何とも言えない雰囲気に包まれている中で、公女だけはのんなものであった。

 白面を脱ぎ捨てながら、「スザル」と、今の大公に声をかけた。それに対して、直立の姿勢のまま、彼が「はっ」と短く返事をすると、公女は右手を鷹揚に縦へ振り、席へ坐るように促した。

 大公が腰を下ろすと、彼の側近たちもそれに倣った。

 しかし、サレには椅子が用意されていなかったので、彼だけはそのまま立っていた。


「今回はむりを言ったかな? 聞いてもらえてうれしいぞ」

と公女に声をかけられた大公は、先ほどと同じく、「はい」と短く返事をするだけであった。

「しかし、スザル。おまえは父上に借りがあるのだから(※2)、これくらいのことはしてもらわないとな」

 公女の言に、今の大公が何事か口を開こうとしたが、彼女はそれを無視して、大公の側近たちに向かって、「モウリシアはどこにいる」とたずねた。

 自分の名を出されたモウリシアが立ち上がって、「わたくしですが」と応じると、公女はまじまじと彼を見つめてから、サレに首を向けて、次のように言い放った。

「あいつが、おまえの殺しても飽き足らない男か」

 サレは返答に窮したし、青年派の面々も言葉がなかった。

 凍りついた場で、サレにできることは、何も答えず、うつむくことだけであった。


 そのようなサレの対応を、微笑を浮かべて楽しんだあと、公女は再度、モウリシアに言葉を与えた。

「モウリシア。執政官として、道中の私とノルセンの身の安全につき、まちがいがあってもらっては困るぞ。いいな?」

 同意を求められたモウリシアは、「御意のままに」と答えるしかなかった。



※1 輩が放たれるのを防いだ

 ハランシスクにサレが同行したのを知ったマウロは、すぐに全兵へ向けて、早まった行動を取らないようにきつく戒めた。とくにカストについては、いくさ人としての道理を説いて、彼および彼の部下が、暴発しないように釘を刺した。


※2 おまえは父上に借りがあるのだから

 この言葉が、何か具体的な件を指しているのかは不明。史家の間でも意見が分かれているが、本注釈では触れないでおく。

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