南衛府監(四)

三、銅銭の鋳造


 都で銅銭が不足し、私鋳された銭や、銭代わりの紙幣が出回り、平民の生活が混乱していたので(※1)、サレは薔薇園[執政府]に対して、再三、銅銭の鋳造を求めた。

 しかしながら、薔薇園内で、その重要性を認識できていなかったり、鳥籠[宮廷]を巻き込んで銅銭の意匠を巡って意見が割れていたりしていたため、いくら待っても銅銭不足は解消されなかった。

 そこで、コステラ=デイラの平民たちの生活を守る立場であったサレは、薔薇園には任せておけないと判断して、公女[ハランシスク・スラザーラ]の名で鋳造に踏み切った。

 摂政[ジヴァ・デウアルト]や大公[スザレ・マウロ]は、銅銭の意匠を自分たちの権威が高まる、新しいものにしようと動いていた。しかし、サレは、平民の混乱を防ぐために、最も流通している、三十一代目国主の名で鋳造された銅銭の意匠のままが良いと考え、摂政の側近である[オルネステ・]モドゥラ侍従や執政官[トオドジエ・コルネイア]に二人を説得させ、考えを翻意させることに成功した。これには、サレと意を同じにするラウザドの意向も大きかった。

 また、文字が読めない平民にとっては、銅銭に記されている年号が異なるだけでも、銅銭を偽物と判断する者も出てくることが予想されたので、旧来の新暦三八一年のままとすることにした。このサレの考えは彼独自のものではなく、それまでの為政者の例に倣っただけであった(※2)。

 新しい銅銭は、サレの案の通りにラウザドで鋳造され、その記念として、公女からコステラ=デイラの民に、銭百万枚が下賜された(※3)。



※1 平民の生活が混乱していたので

 当時、平民間の取引に使用できるような、少額の金貨・銀貨は鋳造されておらず、銅銭のみが売買に使われていた。平民相手の商人からしてみれば、当時の金貨・銀貨では、額が大きすぎて釣りが出せなかったし、高額な貨幣を持って出歩くには、治安上の問題があった。


※2 それまでの為政者の例に倣っただけであった

 表側に三十一代目国主の横顔、裏側に蛇を掴んだ天鳥と三八一の年号が刻まれている、通称「蛇銭」は、たびたび大量に鋳られており、サレが関わったのは四回目の鋳造であった。


※3 銭百万枚が下賜された

 新しい銅銭の鋳造を巡る、サレの一連の判断は、みやこびとやラウザドの商人からは高く評価されたが、執政府や宮廷との間で軋轢を生んだ。

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