ハエルヌン・ブランクーレ(九)

 六月十一日の正午。

 残務処理で都に残っていたウベラ・ガスムンが、近北州へ戻るのに合わせて、サレは家族を北へ向かわせることにした。家族の護衛として、オーグ[・ラーゾ]をつけた。


「あなたが私のお婿さんになるのね」

と言いながら、オーグのまわりをくるくると回っていた長女が、疲れたのであろうか、彼に肩車をせがみはじめた(※1)。

 泣きながら、サレの足に抱きついている長男の頭をなでつつ、ふたりの様子を見つめていた彼のもとへ、ウベラ・ガスムンが近づいて来て、声をかけた。

「そろそろ出立する。家族は私が責任を持って預かる」

「それは心強い。それよりも今の大公[スザレ・マウロ]の動きが気になる」

「スザレの動きは逐一伝えてくれ」

「わかった、しかし……。残念ながら、後ろの橋を焼かれてしまったよ」

「そうだな。だが、戻れなくなった以上、渡った先に幸運が待っているのを、期待するしかないのではないか?」

「それをねがうか。……待ち構えているのが化け物だけではたまらないからな」

 ふたりは笑みを交わし合い、再会を期した。


 煩悩ぼんのうで知られていたサレが、長子を近北州に差し出したことを知ると、みやこびとは、彼が都における近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]の先兵となったとうわさした。

 今の大公の、近北公に対する警戒心は極限にまで達した。



※1 彼に肩車をせがみはじめた

 ラーゾを長女にあてがい、婚約させることで、彼を家宰であるポドレ・ハラグの後継にすることを、この時点でサレは決めていたようである。これは、ハラグに子がないための処置であった。

 余談ではあるが、ラーゾへ長女を与えた際に、ひとつの挿話が残っている。

 ある日、サレとロイズン・ムラエソが「駒あそび」をしていたところ、サレがムラエソの王を詰めた。

 しかし、報告のために場へ現れたラーゾが、盤を一瞥して、まだ詰んでいないと言い出しので、よくよく調べてみると、確かにその通りであった。

 そこで、ムラエソが、「ここから私の代わりに打って、お館さまに勝つことができるか」とたずねたところ、「できないこともありません」とラーゾが答えた。

 それではやってみようということになり、ただ遊ぶだけではおもしろくないので、オーゾが勝った場合、サレより褒美が与えられることになった。

 結果、サレが絶対に負けるはずはないと考えた勝負に、オーゾは見事に勝ち、その褒美として、サレの長女をもらった。

 なお、現在、平民の間でも流行している「駒あそび」とはちがい、当時は、相手の駒を取っても持ち駒として使うことはできず、そのためか、遊戯としてのおもしろさに欠け、主に騎士階級だけが楽しむ遊びであった。

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