第二章

南衛府監(一)

 新暦八九六年初夏七月。

 近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]が兵を引き払った後、表面上だけではあったが、都に大きな動きはなかった。


 前年の八月に南衛なんえいかんに任じられ、コステラ=デイラの行政に関する全権を手に入れていたサレの諸施策は実を結び、都の半分は彼の好む形へと変貌していた。

「南衛府監のおかげさま。きれいになったコステラ河。澄んだ水には魚もおらぬが」

などとみやこびとから陰口を叩かれたが、サレは一向に意に介さなかった(※1)。



※1 サレは一向に意に介さなかった

 サレには、この時期に都で大流行中だった、自身に対する風刺劇を楽しげに鑑賞したという逸話がある。

 供として付いて行ったオーグ・ラーゾは、上演を禁止にするべきだと進言したが、「なぜだ? かわいいものではないか」と、サレから相手にされなかった。

 サレがコステラ=デイラを管理した時代は、その前後に比べて、表現に対する規制がゆるく、宗教とハランシスク・スラザーラに関する事柄に気をつけていれば、政道批判が含まれていようとも、上演禁止や発禁処分になることは稀であった。

 その表現面での自由な雰囲気のなかで、サレからの援助は皆無であったが、この時代特有の文化が、平民の間で花開いた。

 しかしながら、終生、サレは芸術に感心を抱かなかったので、そのところについては、本回顧録では一切触れられていない。

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