ハエルヌン・ブランクーレ(六)

 大公[スザレ・マウロ]との会談を終えた近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]は、国母 [ダイアネ・デウアルト一世](※1)の陵墓へ向かった。急遽、サレも供奉ぐぶを求められたので、これに従った。


 道中、定めておいた屋敷にて馬を休めた。

 屋敷に入ると、公は酒を飲みながら、待たせていた都の法学者から、南部州における法治の状況について講義を受けた(※2)。その場には、近北州から連れて来た法学者も陪席した。サレも同席を願い、熱心に耳を傾け、公の許しを得て質問もした。

 講義が終わると、法学者は金貨二枚を褒美として差し出された。額の大きさに法学者は困惑したが、見かねたサレの執り成しを受け、褒美を押し戴いて拝領すると、部屋から出て行った。

 法学者から献上された法学に関する本をめくりながら、「これが私の趣味だ。優れた法律の条文は言葉の藝術だよ」と、公がサレに言った。

 つづけて、「法治を行うには、なにが肝要かわかるか」と、サレに対して下問があった。

 うまく答えられないでいるサレに対して、公は次の言葉を与えた。

「法は増やすよりも、減らすことが肝要だ。何事もそうだがな」


 再度、馬に乗り、国母の陵墓を目指す道すがら、馬上の公が、サレに声をかけた。

「前の大公[ムゲリ・スラザーラ]は、この世に楽園をつくろうとしていた。スザレ[・マウロ]はつくろうとしている。世の流れを変えたいなど、坊ちゃんのくだらぬ妄想だ。本人たちはともかく、付き合わされる我々は哀れな存在だよ」

 公の言に、サレは「はい」とだけ応じた。

「前の大公の厳命で、法に寄らず領地を得ていた貴族、民草に過度の重税をかけていた騎士、不正な蓄財をしていた商人などは、一斉に粛清された。彼は……、美しい世界を作ろうとしたのだろうな。しかし、あまりに清浄な湖には魚も住まないし、鳥も寄って来ないことを、知らないわけではなかっただろうに……。コイア・ノテが裏切った原因は、案外、ここら辺にあったのかもしれないな。彼は清廉な人間に見えたが、自分自身の評価はまた別だったかもしれない。また、大公の死後に七州が統一の方向へ進んでいないのも、その根はそこら辺にあるのかもしれない。だれも、整った美しい世界になんか住みたくないのさ、本能では。……大公の生前、粛清の手が及んでいなかったのは、遠西州のゼルベルチ・エンドラと私、それに宮廷ぐらいだった。前の大公の指示で世の中の清浄化を進めていたのは、潔癖症のスザレだ。最後には捨てられたがね……。その彼が、私やエンドラを嫌うのはわかるし、七州の統一を志向するのも自然だ。潔癖症だから放っておけないのだ。しかし、我ら二人とはちがい、前の大公の指示があったとは言え、スザレは宮廷を放置している。そこがスザレの信念の弱さであり、付け入る隙なのかもしれない」

 サレが無言で、公の言葉を胸中で反芻していると、彼が話を続けた。 

「しかしだ。人はなにをしたいのかではなく、なにができるかでその人物を判断するべき必要がある。その点、スザレは私にとって無害だよ。いまのところはな。ただ、政治的無能の善意は、たいてい弱い者に迷惑をかける。これからみやこびとはたいへんだろうよ。あの老人は、金の回し方を知らんのだろう?」

 前の大公が美しい世界を作ろうとしたことを非難していながら、自分が近北州に美しい、公にとって清浄な世界を作ろうとしていることを理解しているのか。

 そのような疑問をサレは抱いたが、口には出さなかった。


 国母の陵墓に到着すると、公は州外にも知られていた長い石段をのぼり、一面褐色の斎場で、旧教式の祈りを捧げた。

 その後、公は、陵墓を管理している障碍者たち(※3)の働きぶりに感心し、金貨十枚を与えた。また、陵墓の維持管理のための費用として、金の延べ棒五本を宮廷に収めた。



※1国母 [ダイアネ・デウアルト一世]

 デウアルト朝の初代国主。実兄であるスラザーラ家当主から国権を簒奪する。政教分離の徹底、経済や改暦などの改革を断行した。尊号は「国母」。


※2 講義を受けた

 ブランクーレは州法の編纂に熱心であり、また、近北州で行われた裁判の判例について、可能な限り目を通していた。


※3 障碍者たち

 ダイアネ・デウアルト一世の陵墓を管理する職は、障碍者のみが就くことを許されていた。

 なお、陵墓への立ち入りは国主の許可が必要であったが、ブランクーレはシヴァ・デウアルトの勧めで、近北州の旧教徒を代表して祈りを捧げるために、陵墓へ立ち寄った。

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