通過儀礼(三)
新暦八九六年初冬一月。
コステラ=デイラの花街(※1)にて、女たちの嬌声が遠くに聞こえる一室に、四人の男が密かに集まっていた。
摂政[ジヴァ・デウアルト]の側近である[オルネステ・]モドゥラ侍従、刑部監殿[トオドジエ・コルネイア]、ホアビウ・オンデルサン、サレの四人である。
四人は別々の遊女屋に入ったのち、口の堅い者に案内されて、サレの配下の者が所有する屋敷で顔を合わせた。
「老執政[スザレ・マウロ]を大公の位につけることについて、国叔さま[ジヴァ・デウアルト]に異存はない」
モドゥラ侍従が涼やかな声を発すると、残りの三人が頷いた。
第二次西征にて見事な撤退戦を見せ、
もともと大公の位は常設ではなく、西で領土を接するウストリレの侵攻など、七州の非常時に置かれる武官職であった。
設置されたのは九百年前に遡り、時代を経るにつれて名誉職化していったが、それを自らの権威付けのために利用したのが前の大公[ムゲリ・スラザーラ]であった。
「七州の乱れている現状を鑑みるに、大公位を不在のままにしておくべきではない」
というのが、老執政[スザレ・マウロ]の大公任官に関する名目上の理由であった。
「そうなりますと、だれを執政官につけるかが問題となりますが……」
と言いながら、刑部監殿がモドゥラ侍従とオンデルサンを
黙している二人に代わり、答えたのはサレであった。
「それは、刑部監殿以外考えられないでしょう。そうでなければ、わざわざ金をかけて老執政を大公に祭り上げる意味がない」
「いやしかし、バージェ候[ガーグ・オンデルサン]を差し置いて私が執政官になるなどと、……現状を考えますれば、摂政さまが着任されるのも一つの手かと」
緊張しているのか、めずらしく早口でまくし立てる刑部監殿に対して、「父にその気はありませんよ」とオンデルサンは応じ、モドゥラ侍従も「国淑さまにそのご意志はございません」と刑部監殿の意見を否定した。
「今回は刑部監として、国淑さまは将来的に、
含み笑いでモドゥラ侍従が言うと、急になまえを出されたサレは、口をつけていた杯の手を止め、首を振った。
「冗談ではありません。公女[ハランシスク・スラザーラ]さまをお守りする以上の責任を負うつもりはありませんよ、臣は」
「まあ、そのような先の話はよいとして、刑部監は諦められよ。老執政の大公任官と刑部監の執政官昇格。これで行くのが、我々にとって最善だろう」
そこまで言い終わると、モドゥラ侍従は小声になり、「ここだけだがな」と話をつづけた
「国主[ダイアネ・デウアルト五十五世]さまはもう長くない。この任命が最後の勅命になると話せば、国主さまへの思い入れも強い老執政は、否とは言えまい」
モドゥラ侍従の言葉に、しばらくの間、酒を酌み交わす音だけが室内に響いたのち、サレが口を開いた。
「刑部監殿。……任官の上書について、公女さまに裏書をお願いする用意が私にはある。薔薇園[執政府]や鳥籠[宮廷]にばら撒く金はスラザーラ家が出す。足りなければラウザドに出させる」
サレの言に、モドゥラ侍従が「金の心配がなければ、あとは……」と、刑部監殿の決断を促した。
「スラザーラ家の当主の推薦を受けて執政官に任命される。名誉なことですよ、刑部監殿。男子の本懐ではありませんか」
オンデルサンの陽気な声を、モドゥラ侍従とサレが首肯した。
「時間の猶予はないが、刑部監殿だけでなく、我々のこれからがかかっている大事な話だ。よく考えてほしい」
サレの話を聞いているのかいないのか、刑部監殿は「本懐……」と言った切り、黙り込んでしまった。
※1 コステラ=デイラの花街
七州随一の歓楽街であった、コステラ=デイラの花街の中は治外法権の地とされ、様々な人々が行き交う場所であったが、内実はかなりの程度、サレの統制下にあった。
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