通過儀礼(四)
自宅の執務室にてサレが、公女[ハランシスク・スラザーラ]宛ての近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]の書状を検分していると、ポドレ・ハラグが声をかけてきた。
「近北公の書状の内容は?」
「いつもと変わらない。遠北州の件が片付かない限り、身動きが取れないとのことだ。公女との婚約をどうするのかも決めかねているようだ」
「我々としては、この状況が続くのがいちばんありがたいのですがね……」
「本当にな。近北公と結ばれるのかどうかわからぬから、みなは公女へどのように接してよいか悩んでいる。そこに付け入る隙がある。権力者たちの間を遊泳することができる。しかし、実際に婚儀が進んでしまえば、私は身動きがとりづらくなるだろう。近北公派と目されてしまうからな」
サレは、近北公への返書をすばやく記すと裏返し、花麦の花押を書いた。それから立ち上がり、ハラグに告げた。
「公女に花押をもらってくる。機嫌がよいといいのだが」
サレが
サレがライーザと連れ立って庭に出ると、一つ目の化け物の頭部と称する骨を、オルベルタが公女に披露していた。
たしかに、巨大な頭部には、大きな眼孔がひとつあるだけであった。
「異国には、このような化け物がいるのか?」
サレからそう問われると、オルベルタは「さあ、いるのか。いたのか。私にはわかりかねます」と応じた。
二人の会話を聞いていたのかいないのかは不明であったが、骨と本を見比べていた公女が「ちがうな」とつぶやいた。
「これは象と呼ばれる動物の骨だ。象ならば、ウストリレにいる。昔、ウストリレから輸入され、都で飼われていた記録もある」
公女の言を受け、サレは彼女の手にしている本を覗き込み、象と呼ばれる生き物の姿画を見た。
「説明文によると、ずいぶんと大きい生き物ですね。本当にいるのですか? まあ、どちらにしても、化け物の骨であることには変わりありませんな。よい物をもらいましたな、公女。オルベルタには礼を言いましたか?」
公女が「言った」と返事をすると、「うそですよ」とライーザがサレに告げた。すると、公女はすこし向きになって、「おまえが本を取りに行っている間に言った。なあ、ローレイル」と、片膝をついて、三人の様子をうかがっていたオルベルタに声をかけた。
「たしかに、ありがたいお言葉をたまわりました。光栄の極みに存じます」
オルベルタの言にタレセは返答せず、サレに向かって「公女さまがお喜びになるのは結構ですが、屋敷に変なものを増やさないでほしいわ」と冗談ぽく微笑した。
「七州各地で祀られている、神鳥の骨と称されている物の正体も、すべてそうとは断定しないが、おそらくは、何かしらの動物の骨にちがいない」
誰に言うでもなくつぶやくと、公女は本を読みながら書斎の方へ歩を進めはじめた。ライーザはオルベルタに一礼してから、公女が転ばぬように、横へ並んだ。
その様子を直立のまま見ているサレのとなりで、オルベルタが深々と頭を下げていた。
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