コステラ=デイラ(二)
サレが
家宰殿の話によると、薔薇園[執政府]は大公亡きあとの公女[ハランシスク・スラザーラ]の扱いを決めかねているとのことで(※1)、警固の兵だけを寄越して音沙汰がなかった。
問題はその兵の質が悪く、大声を出したり、つまらぬことで騒ぎ出したりするので、音に敏感な公女の機嫌を大いに損ねていた。
そこで「ノルセンがいた頃は静かであった」と公女がしばしば口にするため、公女に仕える者たちも、薔薇園が対応をしてくれないのならば、サレが戻って来ることを願っていたのであった。
家宰殿は、前の大公[ムゲリ・スラザーラ]の信任が厚かった、朴訥とした純粋ないくさ人であった。であるから、公女の持つ権威権力や大公の遺産を自分のものにできぬのなら、せめて政敵には渡したくない者たちの意見が一致して、家宰(※2)の地位を押し付けられていた。
家宰殿から、「自分の代わりに公女様のお世話をしてほしい」と頼まれたサレは、家計上は助かる話であったが、政争に巻き込まれるのを嫌い、「執政官[スザレ・マウロ(※3)]様のお許しがあれば、お引き受けいたします」と答えた。執政官が許すわけがないことを見越してとの返答であった。
「執政官のお許しを得てくる」とうなづく家宰殿に、サレが公女と近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]との婚約の件に尋ねると、次のような返答があった。
「ご機嫌伺の書状と金の延べ棒(※4)は来たが、特別のお話はない。遠北州との間のいくさで、それどころではないようだ」
近北公もまた、公女との距離を測っているようであった。
※1 扱いを決めかねているとのことで
ムゲリ・スラザーラは、旧姓をゴレアーナと言い、中級騎士の家の生まれであった。そのため、自らの野心を満たすために足りない権威を、七州三名家と呼ばれたスラザーラ家の養子および家宰になることでおぎなった。
貴族は基本的に長女が家を継ぐ習わしであったため、スラザーラ家の家督は、ムゲリの妻のものでありつづけ、その死後は娘のハランシスクが継ぎ、スザレは当主の父としてスラザーラ家を差配した。
ムゲリが掌握していた権力は、概ね執政官スザレ・マウロに引き継がれていたが、スラザーラ家当主であるハランシクをどのように扱うかについて、マウロ周辺は悩んでいた。
これに、ムゲリの死を受けて、ハランシスクの叔父にあたるボルーヌ・スラザーラが、ハランシスクの当主としての能力に疑問を呈し、自らの娘を当主につけようと宮廷に働きかけている件がかさなったため、マウロは側近の進言を受け、静観を決め込んでいた。
※2 家宰
家宰は、当主のもとで、財務や縁談など、家の万事を預かった。大身の家の家宰ともなれば、当主の代理として兵を率いることもあった。
※3 スザレ・マウロ
貴族階級の生まれ。軍功抜群だが政治能力と人を見る目に欠けた。その才能をムゲリ・スラザーラに警戒され、執政官の職に祭り上げられ、実権を奪われていたが、ムゲリの死後、西南州で権力を握る。現実よりも理想を優先させがちな人物であり、七州統一というムゲリの遺志を継ごうとする理想主義に立ち、近北公に永遠の青年と皮肉られる。そこから、スザレ一派は「青年たち」と呼ばれるようになった。
※4 金の延べ棒
現在、東北州の金山は掘りつくされてしまったが、当時は東部州を通じて海外に輸出するほどの量が毎年産出されていた。その金山を独占することでブランクーレ家は州馭使の地位を得るまでに栄えた。ハエルヌンの統治下では、東北州の金山は全て、彼の所有に帰していたため、彼は常に七州一の金持ちであった。
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