二巻(八九三年五月~八九五年六月)

第一章

コステラ=デイラ(一)

 新暦八九三年盛春五月。

 ホアラを追われたサレ家一行は、各所で足止めを受けながらも、なんとかコステラ=デイラにつき、ヘイリプ・サレに与えられていた邸宅に入った。

 屋敷はならず者たちの巣となっていたが、二三人斬ると、すぐに出て行った(※1)。

 邸宅の掃除と補修を指示すると、サレはまず鹿しゅうかんへ出向き、公女[ハランシスク・スラザーラ]に拝謁することにした。

 道すがらに市場を通ると、遠北公[フファエラ・ペキ](※2)が近北公[ハエルヌン・ブランクーレ]から「巨人の口」を奪い、門を閉じた(※3)とのうわさ話を聞き、「短い春」(※4)がおわったことをサレはさとった。



※1 すぐに出て行った

 当時、コステラ=デイラの治安は悪化していたが、サレが戻って来たことが知られると、その日から屋敷周辺の治安はよくなったとのこと。


※2 遠北公[フファエラ・ペキ]

 遠北州州馭使。「長い内乱」期を代表するいくさ人。ムゲリ・スラザーラの台頭がなければ、少なくとも北部州は手中に収めていたと評されている人物。

 八九三年四月、タリストン・グブリエラによるホアラ陥落の一報を聞いたブランクーレが、自身への敵対行為とみなして、南方へ兵を差し向けたのを知ると、病身を押して両州の州境にある「巨人の口」と呼ばれたサルテン要塞を奇策で奪い、そのまま近北州の州都スグレサにまで軍を進めたが、その包囲中に陣没した。

 ブランクーレは九死に一生を得、良将ルウラ・ハアルクンの活躍で侵攻軍を撃退したが、フファエラの長子ルファエラの籠るサルテン要塞を取り戻すことはできなかった。ルファエラの手により、要塞は補修を受け、その門は固く閉じられてしまった。

 なお、フファエラには毒殺説があり、犯人はブランクーレもしくは、遠北州の名家ホアビアーヌ家のルオノーレとされている。しかし、これは俗説であろう。


※3 「巨人の口」を奪い、門を閉じた

 「巨人の口」はサルテン要塞の異称。近北州と遠北州の間において、ゆいいつ軍隊の移動に適した山道に置かれた要塞。二つの山の間を埋めるように造られた巨大な要塞であり、兵はその中を通って、両州を行き来した。巨大な門が威容を誇る、七州随一の要塞。

 もともとは、デウアルト家が遊牧民対策に建造させたものであり、遠北州の領地であったが、フファエラがムゲリ・スラザーラに投降した際に、近北州の所属となっていた。

 フファエラによるサルテン要塞奪取の影響は大きく、ブランクーレは遠北州の動きを警戒して、南下の動きをとめ、グブリエラによるホアラ奪取を事実上、黙認した。


※4 短い春

 「長い内乱」と「短い内乱」の間に、ムゲリが生み出した安定期を「短い春」と呼ぶのは、この一節に基づく。

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