第2場 舞台に立つチャンスは自分たちの手で
航平の両親がドイツに戻る日、俺と海翔、そして将隆も航平と一緒に空港まで見送りに行くことにした。俺たちの目的は単純だ。航平の両親の乗る飛行機が出るのがお昼前だから、帰りがけにレストランで外食出来るからという現金な理由だ。
春先に、航平が両親を見送った時には、不安そうな表情でウルウルした目でビービー泣いていたのだが、今回はすっかり慣れっ子になってしまったのか、小さく手を振っただけで別れた。
「いいのか? もっとハグしたりして別れを惜しまなくても?」
「何? 僕が淋しいよぉって泣き叫べばいいってこと?」
「いや、そこまでしろとは言っていないけど」
「僕、気付いちゃったんだよね。僕たちが親に会えるのって、基本的に夏休みや冬休みだけじゃん? ほら、僕たちって寮生活しているからさ。でも、夏休みや冬休みに二人とも日本にこうやって一時帰国してくれるから、基本的に親が日本に住んでいようが、ドイツに住んでいようがそんなに変わらないなって。しかも、夏休みとか、僕たち部活をずっとやっているから、殆どないじゃん。だから、余計に変わらないんだよね」
「確かに、そうかも」
「だから、別に別れを惜しむって程のことでもないなって思ったの」
「でも、海外なんだぞ? 海を越えて一万キロ近く遠い国なんだろ?」
「だから? 今の時代、ネットでいつもリアルタイムで繋がっていられるでしょ?」
航平も随分ふてぶてしくなったものだ。まぁ、淋しがって泣かれるのは俺の心も痛むから、これくらい普通に親と別れてくれると俺も安心だ。
早速好きなものでも食べようと、俺たちは早速レストランに入った。銘々好きなメニューを頼む。何だろう。家や寮の食堂でもレストランでも同じハンバーグやカレーが出るにも関わらず、レストランで外食する時は何処となく特別感がある。味も特別美味しく感じるし、何より非日常的なワクワク感があるのだ。
俺たちはすっかり外食にハイテンションになり、デザートにフルーツパフェまで頼んだ。パフェの上に乗ったサクランボにたっぷりと生クリームを浸し、口の中に放り込む。生クリームの甘味とサクランボの酸味がマッチして、口の中でとろけていく。思わず笑顔になる俺だったが、ふと明日から始まる熱い部活の日々を思い、少し気が重くなった。
「あーあ。部活に戻るのはいいけどさ。こうやって涼しいレストランで冷たいパフェ食ってると、何かあのサウナみたいな体育館のステージに戻るの、躊躇しちゃうよな」
「なーに言ってるんだよ。もう、地区大会まで二か月なんだよ? 頑張って稽古しないと、もう間に合わないじゃん」
航平に言われて、俺は初めて気が付いた。全国大会が終わったのが八月初旬。そして、今は八月の中旬に差し掛かる手前だ。十月には地区大会の本番を迎えるんだな。しかも、九月の体育祭のせいで二週間のブランクも出来るし。
「ああ、もうそんな時期なんだ。全国大会に出ると、本当に予定がカッツカツになるんだな」
「でも、嬉しい悲鳴でしょ?」
「まぁな。取り敢えず、皆で頑張ろうぜ。ああ、でも、海翔と将隆は次の大会出られないんだよな。今度ばかりはお前らを出すことは出来ないから、我慢してくれよ。もし出しちゃったら、地区大会で失格だからな。それは流石に無理だ」
俺がそう言うと、海翔と将隆は顔を見合わせて頷き合った。そして、
「明日からの稽古、僕たちは参加しないことにした」
と言い出した。
「は? どういうことだよ? 演劇部辞めるつもりなのか?」
俺が焦って尋ねると、将隆が首を横に振った。
「演劇部は辞めません。でも、俺たち、中等部でも演劇部を立ち上げることにしたんです。今回の全国大会に先輩たちに出して貰って、俺たち本当に嬉しかったんですけど、でも、そのせいで全国大会で失格になってしまったのが申し訳なくて。それに、俺たち、自分たちが立てる舞台をずっと待ってるだけじゃダメだと思ったんです」
「欲しいものは自分から取りに行けって言うでしょ? このままじゃ、次の大会に僕たちの出番がないことくらい、僕も理解しているからさ。だったら、中等部で演劇部作っちゃって、文化祭で発表したり、四月の終わりにやった自主公演みたいな公演をしたり出来たらいいなって思ってるんだ。だから、これから僕たちは部員集めを始めなきゃいけない。今、夏休みだけどさ。皆のLINEにメッセージ送ってメンバーを募ってみようと思ってるんだ。で、メンバーが集まれば、まずは中等部の文化祭に向けて台本創りを始めるつもりだよ」
「へぇ。面白そうじゃん。中等部の文化祭、僕も観に行くね」
航平が楽しそうに二人と話している。だが、俺の胸中は複雑だった。
何だよ。俺の知らないうちに、一人で眠ることすら淋しくて泣いていた海翔が、一年後にはこんなに立派なこと言い出すようになっちゃってさ。去年の今頃なんて、サッカークラブの合宿を脱走して、俺や部長に迷惑かけて泣いていたのに、あの小さくて可愛い海翔は何処に行ったんだよ。俺のそばを離れたくないって甘えていた癖に、自分たちで部活を立ち上げるなんて言い出してさ。
俺はそんな風に寂しさをちょっぴり覚えたが、兄貴としては、ここは弟の成長を喜ぶべきところなのだろう。そして、前に進もうとする海翔の背中を押してやらなきゃな。
「そうか。頑張れよ」
俺はそう言って二人に笑いかけた。
「うん。頑張る。僕には将隆くんもいるしね」
そう言って将隆と仲睦まじく手を取り合う海翔の姿を見ていると、俺は何だか泣きそうになって、上を向いて涙を乾かすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます