第十九幕 再出発の聖暁学園演劇部
第1場 親は子の幸せを願うもの
全国大会終了と共に、去年の如く合宿が行なわれる。奏多、漣、希、そして優の四人は合宿へと出掛けて行った。だが、俺と航平は合宿に参加することなく、一度家に戻ることにした。というのも、一時帰国していた航平の両親が、一ノ瀬家に顔を出した後、再びドイツへ渡航することになっていたからだ。一度、両家の親を交えて、俺たちは話し合いの場を持たなければならないと、俺はずっと思っていたのだ。
中学せいであるために合宿への参加権のない海翔と将隆も一緒に俺の家に連れて行くことにした。俺が家に帰ると、えらく神妙な様子の俺の両親がいた。今まで、俺や海翔に腫れ物に触るように接していた時とは、また違う二人の違和感に、俺は何を二人は考えているのだろうとドキドキするのだった。
俺と海翔の兄弟と、その恋人たちの計四人の少年たちを前に、俺の父さんと母さんは改まって座ると、こんな話を始めた。
「君たちの演劇、ちゃんと観させてもらったよ。大会の後、なかなかじっくり話す時間がなかったから、ここでお父さんたちの考えを話させて貰うね」
俺と海翔はゴクリと唾を飲み込んだ。
「正直、あの演劇を観させて貰っても、やっぱりお前たちが男同士で付き合っていることを理解することは出来ない。とても美しい演劇だったけどね。でも、演劇の世界は演劇の中の世界でしかない。私たちは現実の世界で、こうやって生きているから、物語の中の世界のように物事が全て美しく収まってはいかないよ」
俺はその父さんの言葉に心底ガッカリした。やっぱりダメだよな……。すると、父さんの言葉を母さんが継いで話し始めた。
「でも、いつまでもあなたたちのこと、理解出来ないままでいる訳にもいかないわよね。正直、今でも何でつーくんとかいくんに限ってそんな風に生まれてしまったのって気持ちはある。でも、現実は現実として向き合っていかなければならない。だから、少しずつではあるけど、あなたたちを理解出来るように頑張ってみようとお父さんと話していたところなの。だって、あなたたちの人生はあなたたちのものだもの。いくら親だからといって、わたしたちが管理できるものじゃない。ならば、出来る限り、あなたたちに寄り添って生きていきたいと思ったの」
「そっか。でも、どうしてそんな風に思ったの?」
海翔が尋ねると、母さんは航平と将隆に目をやって口元に微笑を湛えた。
「だって、航平くんと将隆くんと一緒にあなたたちが演技をしているのを見て、ああ、この子たちには演技を超えた繋がりがあるんだなって思えたから。それを引き剥がす権利なんて、誰にもないでしょ?」
「やったあ! 二人とも、ありがとね」
海翔は母さんに抱き着いた。
「もう、かいくんったら、もう中学生なんだからそんなに甘えないの」
「いいじゃん。母さんに会うの、ゴールデンウイーク以来だしさ。ちょっとくらい、ね?」
そんな調子のいい海翔を眺めながらも、俺も内心ホッとしていた。本当に、二人はまだ完全には俺と航平の恋人関係を受け入れてくれた訳じゃないんだろうな。でも、受け入れようと頑張ってくれるだけでも、俺たちにとっては大きな違いだ。
「父さん、母さん、ありがとう」
俺は何だか泣きそうになりながら、二人に礼を述べた。
「ほらほら、紡はすぐ泣くんだから」
航平が俺にティッシュを手渡す。俺は涙を拭いながら、大きな音をチーンと立てて鼻を噛んだ。
その晩、俺たち一ノ瀬家と稲沢家の両家で集まって、ちょっとした晩餐会が開かれた。ワイングラスを傾ける大人を横目に、俺たち中高生組はジュースで乾杯をする。
「本当にすみませんでした。一ノ瀬さんの事情も知らずに、航平がゲイであることを話したりして」
航平のお父さんがテーブルに頭をつけて謝っている。それを俺の父さんが慌てて止める。
「いやいや、こちらこそ、何もわかっていなかったのに、わかっているような振りをしていて、お恥ずかしい限りです」
「でも、本当に凄いと思います。息子さんのこと、ちゃんと認めてあげているんですものね」
と言う俺の母さんに、航平のお母さんは遠い昔に思いを馳せるように空を見つめた。
「実は、わたしたちもこの前、少しだけ見栄を張っていたんですの。わたしたちも最初はかなり悩んだんですよ。航平の人生がどんな暗いものになるんだろうと心配して、この人と二人で夜な夜な泣いていたんですから」
「母さん……」
両親の会話を訊いていた航平が神妙な顔をした。
「そうなんですか? でも、何故、ゲイの航平くんを受け入れることが出来たんでしょう?」
「ええ。それがね、航平にドイツで初めて出来たヨハネスくんというお友達がいましてね。その子が家に遊びに来た時に、わたしたちに話してくれたんですのよ。航平の人生は絶対に暗いものになるはずがない。だって、航平はこんなにいい子なんだからって。絶対に人に好かれる子になるんだから、心配はいらないって。あらやだ。思い出したらまた涙が……」
航平のお母さんはハンカチで目元を拭った。
「今でも、航平のことを何処まで理解出来ているのか、正直わかりません。でも、一つだけはっきりとわかっていることがあるんです。航平には、航平のことを大切に考えてくれる温かい人たちが周りにはいるんだってことです」
航平が俺の腕にギュッとしがみついた。見ると、航平は目頭を熱くして、しきりに目をゴシゴシ擦っていた。俺は、そんな航平をそっと抱き寄せた。
「僕、二人があんなに僕のことで葛藤していたなんて知らなかったよ。普通に受け入れてくれたものだと思っていたから。ヨハネスが僕のために二人に話をしてくれたことも、初めて知った」
航平は涙が止まると、しんみりと俺にそう語った。
「まさか、お前、ヨハネスのこと……」
「友情としての好きはあるけど、恋愛としての好きはないから安心して! 折角、ヨハネスについていい話を訊いたと思ったら、紡はすぐに台無しにするんだから!」
「ごめん……」
「でも、今度、ドイツにもう一回行ってみるよ。ちゃんとヨハネスに会って、お礼言わなきゃ」
「じゃあ、俺も一緒に行く」
「紡が? 無理でしょ。お金はどうするつもり?」
「それは……。大学に入ったらバイトしてお金貯めるから」
「はいはい。わかったよ。バイト頑張ってね」
「信用してないだろ?」
「半信半疑かな? だって、紡、バイト代入ったら、すぐに遊びに使っちゃいそうだし」
「航平!」
「へへ、ベーッだ!」
この生意気な子どもには、ずっとしんみりし続けるという芸当は不可能らしい。特に俺と一緒にいると、すぐにこうやって俺に生意気な口を叩いてはじゃれ合おうとするんだから。でも、俺はそんな所が可愛いと思っちゃうんだよな。航平のやつ、小憎らしい癖に、可愛いんだから。全くもう。
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