第7場 さようなら、先輩

 聖暁学園へと戻るバスの中で、将隆と仲良さそうに肩を寄せ合って眠る海翔を見ながら、俺はふと思い出した。そういえば、海翔は部長のことが好きなんじゃなかったっけ? あんなに葉菜ちゃんのことを三月は敵視していたのに、今回はどんなに部長が葉菜ちゃんと仲睦まじい姿を見せても、特に何も反応しなかったな。


 バスがガタンと揺れて、海翔が目を覚ました。


「おはよ、海翔。よく寝ていたね」


俺がそう海翔を揶揄からかうと、海翔は顔を赤くして、


「疲れていたんだから仕方ないでしょ!」


と怒る。だが、すぐに自分の肩に頭を預けて眠る将隆の手をそっと握った。そんな海翔に俺は抱いていた疑問をぶつけてみた。


「あのさ、海翔。お前、部長のこと、好きだったんじゃなかったの? 部長、葉菜ちゃんとあんなに仲良さそうにしていたけど、平気なのか?」


「ああ、そんなこともあったね」


「そんなこともあったねって、前はあんなに部長に夢中だっただろ?」


「僕は気が付いちゃったんだ」


「何に?」


「僕はBLのキャラでいえば、じゃなくてなんだってことにさ」


またまた海翔は訳のわからないことを言い出したな。こいつは自覚のない不思議ちゃんだから、たまに何言ってるかわからないことがあるんだよな。


「は? いきなり何言ってんの?」


「僕、部長と付き合えば絶対になるじゃん? いや、ってやつもあるけどさ。流石に高校三年生の部長をるのはちょっと抵抗あるよ」


「そう……なのか?」


「そうだよ。でも、僕は見つけたんだ。僕が守ってあげたいなって思える子をさ」


「へえ。それは一体誰なんだ?」


海翔は俺の質問には答えず、そっと将隆を抱き寄せた。


「そんなの、秘密だよ!」


海翔はそう言って再び将隆と寄り添って寝息を立て始めた。マジか。そういうことか。兄貴にとっては、部長にいかれるよりはずっとマシな選択だ。弟と幼馴染の昼ドラ顔負けのドロドロのバトルは見たくないからな。


 ああ、でも昼ドラのような芝居もしてみたいな。BLで昼ドラ展開とか、面白い芝居になりそうだ。航平が「この泥棒猫!」と叫んだりするんだろうか。俺は俺の膝の上で口を開けて寝ている航平を見て、思わず笑った。無理だな。航平が出来たとしても、俺が出来ない。きっと、俺は舞台の上で笑いを堪えることが出来ないだろうから。


 聖暁学園に戻って来た俺たちは、トラックで運んで来た大道具を片付け始めた。『再会』で使用したこれらの大道具もとうとうお終いだ。学校の倉庫の中に、大道具を仕舞い込む。作業が完了すると、これで去年からずっと続けて来た『再会』ともお別れた。俺たちの胸に一気に寂寥感がこみ上げて来て、俺たちはすっかりしんみりと黙ってしまった。


「これで、俺たちも引退だ」


部長が切り出した。俺はハッとした。そうだ。お別れになるのは『再会』だけじゃない。先輩部員たちとも今日をもってお別れになるのだ。兼好さんがウルウルと涙を目に一杯湛えながら、


「これまで、本当にありがとうな。特につむつむとこうちゃん。一年間半、一緒に駆け抜けてくれて、本当にありがとう」


と言って頭を下げた。西園寺さんに至ってはもうボロボロと涙を流しながら号泣している。


「皆、本当にありがとう。二年半、演劇部で活動出来て、本当に楽しかった」


俺たちも西園寺さんの涙につられて一斉に泣き出した。部長が俺の方に歩いて来ると、俺の手に一つの鍵を手渡した。


「部室の鍵。二年生に引き継ぐね。これからは、君たちが聖暁学園演劇部を引っ張って行くんだよ」


俺は泣きながら


「はい!」


と頷く。部長は俺の手をギュッと握った。すると、航平が涙を拭って皆の前で明るく叫んだ。


「先輩たちが引退しても、聖暁学園演劇部は不滅だよ! まだまだ、僕たちの演劇人生は始まったばかりなんだから」


「どうしたんだよ、いきなり」


俺はそんな航平を見て、泣きながら笑った。


「だって、僕たちは聖暁学園演劇部の伝統を引き継いでいく一ページにならなきゃいけないんだ。だから、これからも頑張っていかなくちゃ」


「そうだな。俺も今度の地区大会から心機一転、二年として頑張るぜ」


奏多も涙を振り切って笑った。


「僕は、一年生を引っ張るとか、そういう柄じゃないけど、でも、歴史の一ページになるって、そそるね」


漣は泣き顔のままそう言って笑うのだった。


「よし。じゃあ、これからの演劇部の発展を願って、皆で円陣を組もう!」


航平が皆を呼び集める。


「聖暁学園演劇部、次こそは全国で優勝するぞー! オーッ!」


俺たちの雄叫びが、夏休みで誰もいない聖暁学園のキャンパスに、一際大きく響き渡るのだった。

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