第6場 隠れ最優秀賞
結局、審査の結果、俺たち聖暁学園演劇部は在校生ではあるものの、中等部の生徒を舞台に立たせたことで規定違反となり、失格の判断がなされた。だが、観客からの受けは俺たちが総なめにした。主演を務めた俺と航平の元には、他校の演劇部員や観客が集まり、ちょっとしたスターにでもなった気分だった。例によって、俺の連絡先を訊き出そうとする女の子たちに、航平は俺が恋人であることを透かさず明かしては追い払うのだった。だが、俺も負けてはいない。航平に言い寄る不届きな女子を見つけようものなら、
「ごめんね。航平は俺のモノだから」
と言ってのけた。その時の航平の嬉しそうな顔といったら。俺にバッと抱き着いてディープなキスを皆の前でかますものだから、女の子たちの黄色い悲鳴が「キャー!」とその場に響き渡るのだった。全国大会に出場した聖暁学園演劇部はBLを舞台上でやるユニークさだけでなく、所属する部員がリアルBL男子であるという話は、とうとう全国に広く知られる所となったのだ。
美琴ちゃんが後でコッソリ教えてくれた所によると、審査員も俺たちの規定違反を残念がっていたらしい。もし、出演者やスタッフを「上演する高校の在校生のみ」とする規約さえなければ、俺たちは断トツの一位の評価を得ていたらしい。美琴ちゃんはそっと俺たちにとある賞状を手渡した。
「これ、審査員の先生たちから、隠れ最優秀賞をあなたたちにって」
俺たちはその賞状を手にした時、どんな賞状を貰うよりも嬉しかった。俺たちのやってきたことは無駄じゃなかったんだ。俺たちは喜びを爆発させた。俺たちだけじゃない。青地や葉菜ちゃんも俺たち聖暁学園演劇部の全国大会での成功を一緒に喜んでくれた。
将隆は上演終了後、観に来たお父さんと劇場のホールで再会を果たした。
「父ちゃん!」
将隆はそう叫ぶなり、お父さんに抱き着いてわっと泣き出した。ずっと溜め込んでいたものがあったのだろう。この全国大会という最高の場に初めて姿を見せてくれた肉親に、将隆のずっと抑え込んでいた感情が爆発したのだった。将隆のお父さんも目に涙を溜めて、将隆を抱き締めていた。
「将隆、よく頑張ったな。凄かったぞ、舞台に立つ将隆の姿」
お父さんはそう言って、泣きじゃくる将隆の背中を優しく撫で続けた。そして、俺たちの姿を認めると、深々と頭を下げた。
「我々のために、本当にありがとうございました」
「いえ、俺たちの方こそ、お礼を言わないといけません。感動的な舞台に出来たのは、将隆くんのお父さんが今日、お時間を割いて来てくださったおかげです。ありがとうございました」
俺が頭を下げる。
「ああ、あなたが将隆の友達だと電話でおっしゃっていた……」
そう言いかけたお父さんの前に海翔が躍り出た。
「将隆くんの一番の友達はこの僕です。一ノ瀬海翔っていいます。将隆くんとは寮の部屋もクラスも一緒なんです。僕たち、親友ですから」
将隆くんのお父さんの顔がパッと明るく綻んだ。
「そうか。将隆、大切な友達が出来たんだな。よかったな、本当に」
そう言って将隆の頭を優しく撫でるお父さんの胸の中で、将隆は泣きながら頷くのだった。
俺たちは一様に充実感をその表情に湛えながら、全国大会の会場を後にした。夏の太陽が
「あ!」
と小さく声を上げた。見ると、俺たちの行く先にあの涼太さんが佇んでいる。それが部長の昔の恋人であることを察したらしい葉菜ちゃんが、ギュッと部長に抱き着く。涼太さんは気まずそうに俺たちに頭を下げた。
「あんた、どうしたの? こんな所に来て。元気にやっているの?」
美琴ちゃんが涼太さんに駆け寄る。涼太さんは驚いた顔をして美琴ちゃんを見た。
「み、美琴ちゃん、俺のこと、怒ってないの?」
「そりゃ、怒っているわよ。あんな形で部活も学校も辞めて。自分の人生を投げ出すようなことをして。あんた、今何してるの? ちゃんと高校卒業の資格くらいは取ったんでしょうね」
「はい。俺、ちゃんと通信高校を卒業して、今は大学生やっています。心配をかけて、本当にごめんなさい」
「そう。それなら良かった。それで、どうしてあんたがここにいる訳?」
「燿平に話があって」
「そうね。あなたたち、もう一度、きちんと話をした方がいいわよ」
美琴ちゃんはそう言うと、涼太さんの背中をそっと押した。
涼太さんは部長の前に歩み出る。そして、90度の角度で深く頭を下げた。
「燿平、本当にすまなかった!」
涼太さんはそう謝った。
「きっと、燿平は俺が部活や学校を辞めたことに、今でも俺に対して悪かったと思っているよな。でも、全部は俺が悪かったんだ」
「や、やめてよ。俺の方こそ、涼太先輩にキモいなんて、言ってはいけないことを言って傷つけた。そもそも、俺、ノンケなのに、無理して先輩と付き合うようなことをして、結果的に先輩を騙すようなことをしていたんだ。謝るのは俺の方だよ。そのせいで、俺は先輩の人生を滅茶苦茶にしてしまった」
部長も慌てて涼太さんに駆け寄った。涼太さんは首を横に振った。
「ううん。本当に、俺は俺のせいで部活も学校も辞めたんだ」
涼太さんは昨夜、俺と航平にした話を部長の前で繰り返した。
「全部は八つ当たりみたいなものだったんだ。自分の学校生活も人生もうまくいっていなかったことに対する。現実逃避をずっとしていたのが、もう逃げられない所まで追い込まれて。だから辞めたんだ。燿平のせいじゃない。もう、顔を上げてくれ」
そして、涼太さんは少しはにかんだ笑顔を浮かべた。
「俺、一つ心に決めたことがあるんだ。今日の皆の全国大会での芝居を観て思った。俺はもう一度芝居をやりたい。二年前に舞台を放り出してしまった俺だけど、やっぱり俺は芝居が好きだ。だから、もう一度、来年大学を受験し直そうと思う。今度は演劇科のある大学に入って、ちゃんと一から演技の勉強をしたいんだ」
「本当なの? でも、いくら大学で演技の勉強を積んだからといっても、プロの俳優の仕事は厳しいわよ。芽が出るのかどうかもわからない。それでも大丈夫なの?」
美琴ちゃんが本気でそんな涼太さんを心配している。演劇の世界を諦めた美琴ちゃんだからこその心配なのだろう。だが、涼太さんは今までで一番の爽やかな笑顔で、
「ダメで元々です。でも、後悔はもうしたくない。やりたいことをとことん突き詰めたいんです。折角一度しかない人生ですから」
と言った。美琴ちゃんは小さく息を吐いた。
「そう。なら、やれる所まで頑張ってみなさい。わたしも応援しているから」
「ありがとうございます!」
涼太さんは深々と頭を下げた。そして、俺たちの姿を見つけると、こっちに駆け寄って来た。
「昨日は、話を訊いてくれてありがとうね。君たちのおかげで、俺も心が決まったよ」
「ふうん。まぁ、良かったんじゃない? 決心がついて」
航平は二年年上の先輩に対しても飽くまでも偉そうだ。
「うん。本当に良かった。そうだ。君たちの名前を訊いていなかったね」
「俺は一ノ瀬紡です」
「僕は稲沢航平」
「紡くんに航平くんか。うん。君たちの名前は忘れないよ。俺は田上涼太。君たちの二年先輩だ。演劇部では美琴ちゃんにりょりょって呼ばれてた」
「りょりょですか。また可愛い名前ですね」
「可愛い言うな。恥ずかしいだろ」
顔を赤くした涼太さんは、部長の隣でずっと心配そうに涼太さんを見ている葉菜ちゃんに気が付いた。
「君、もしかして、燿平の……」
「彼女です!」
葉菜ちゃんは警戒心マックスだ。俺、朝にちょっと煽り過ぎたかな……。すっかり敵意丸出しじゃないか。だが、そんな葉菜ちゃんに涼太さんはそっと笑いかけた。
「そっか。燿平の彼女か。よかった。燿平も前に進んでいるんだね。燿平の彼女さん、これから燿平をよろしくね。部長をやっている割に、俺と同じく小心者な所があるから、苦労するかもしれないけど」
「ちょ、ちょっとやめてくれよ」
部長が涼太さんに詰め寄る。
「あはは。ごめんごめん。でも、俺も新しく恋してみるよ。今度は、ちゃんと俺のこと好きになって貰える相手とね。おめでとう、燿平。幸せになれよ」
そう告げると、涼太さんは颯爽と立ち去って行った。今までは何だかうだつの上がらないしみったれた人に見えていたのだが、その後ろ姿はやけに爽やかに見えた。
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