第4場 開こう!夢の舞台への扉を!
衣装に着替え、舞台メイクを施し、皆で舞台袖に集まる。これで、一年に渡って演じて来た『再会』も最後の上演だ。美琴ちゃんが部員全員を集める。
「あれ? 何でふぃんくんとマーシーがここにいるの? 客席で見ているんじゃなかったの? しかも、何で衣装まで着ているのよ?」
とうとう俺から美琴ちゃんにあの計画について種明かしをする時だ。
「俺、最後の最後に部員全員で最高の舞台を創りたかったんです。海翔と将隆は、ハルとアキの子ども時代を演じるのに最高のコンビだった。適材適所でやっていこうって話したじゃないですか」
「適材適所ってそういう意味で言ったんじゃないわよ! あなたたち、何をしようとしているのかわかってるの? こんなことをしたら、失格になるわよ?」
「わかってるよ」
航平が俺の隣に歩み出た。
「でも、僕たちがやっているのは、演劇の大会で勝つための芝居じゃない。観客の皆に楽しんで貰う事。それが一番の目的だと思うんだ」
「航平の言う通りだなって俺、気付いたんです。俺、全国の舞台でもずっと勝ちたかった。でも、それ以上に大切なことがあるんだなって。俺、海翔と将隆の二人が舞台上で一番楽しそうにしているのをずっと見て来たんです。自主公演の時に初めて二人が舞台に上がった時、『再会』の稽古をしている時、二人は何をしている時よりも楽しそうに見えた。そんな二人を、この一番大きな舞台で客席で見るだけの役にさせるなんて、俺、どうしても出来なかったんです」
「全くもう……。どうなっても知らないわよ」
「全部承知の上です。でも、今日は最高の舞台を見せる自信はあります」
「言ってくれるじゃない。だったら、その最高の舞台、見せてみなさい」
「はい!」
俺たちは円陣を組んで「オー!」と雄叫びを上げた。
『再会』最後の緞帳が、舞台監督の兼好さんの指示で開く。スポットライトに照らされた舞台が一際輝いて見える。俺はその輝きの中に飛び込んで行った。不思議と緊張はしていない。それよりも、これからの六十分間で俺たちだけのBLの世界を、劇場全体に広げていくことが楽しみでならない。俺の胸の中には演劇部に入ってから今までの全ての思い出が全て走馬灯のように去来していた。
最初のシーンを終え、俺は舞台袖にはける。まもなく、海翔と将隆の出番だ。だが、舞台袖から客席を見ていた将隆は驚いた顔をして、俺に小声で囁いた。
「客席に俺の父ちゃんがいるんですけど!」
将隆が指さす、客席の最前列のど真ん中の席に、一人の男性が座っている。あれが、将隆のお父さんなのか。そう。これが俺の計画したもう一つの秘密のプラン。ずっと授業参観や運動会で淋しい想いをして来た将隆に贈る、最高のプレゼントだ。将隆は涙をハラハラと流していた。
「ダメだ。今は泣くな。もうすぐ出番なんだ。アキは楽しくハルと遊ぶんだぞ? 泣いていてどうする」
「ごめんなさい!」
将隆は慌てて涙を拭うと、俺に笑いかけた。
「つむつむ先輩、俺、頑張って来るね」
「ああ、行って来い」
俺は海翔と将隆の背中を軽くポンッと押した。
俺たちは今日の上演で一つになっていた。最高の芝居を最高の舞台で披露するという一つの目的に向かってひた走った。俺は県大会や中部大会で、相手役のハルを演じる航平を相手にいろいろ小細工をして、航平のいろんな表情を引き出して来た訳だが、今日は何も用意していない。でも、もう大丈夫だ。航平は完璧にハルになり切っている。アキに恋をする純情な一介の男子高校生であるハルの感情の動きに、航平の心も同化しているのだろう。自然とその目から綺麗な涙が零れ落ちた。俺はハルをそっと抱き寄せ、その唇にキスをする。
その時、客席から鼻を啜る音が聞こえて来た。緞帳がゆっくりと閉まっていく。完全に緞帳が閉まり切った時、俺たちは抱き合って上演の成功を喜んだ。部員全員が俺たちの元に駆け寄って来る。俺たちは揉みくちゃになりながら、最後の最後まで演じ切った爽快感に浸っていた。
「客席見てたら、皆号泣していたよ」
「アキとハルのラストシーン、面白いくらい、皆ハンカチ出していたよな」
部員たちが口々にそんな報告をしてくれる。俺たちの芝居で、皆が感動してくれたんだ。人の心を動かしたんだ。こんな嬉しい瞬間が人生の中にあっただろうか。だが、そこに一人だけ、俺の会いたい人がいなかった。美琴ちゃんだ。いつも、上演が終わる度に俺たちの元に駆け寄って来てくれるのに。この最後の舞台が終わった後、美琴ちゃんとその成功を喜び合いたかったのに。
「さあ、バラシをやるぞ! 時間もないからな。急ぐぞ」
兼好さんの号令がかかり、俺たちは作業に取り掛かった。結局、美琴ちゃんは、俺たちがバラシを終え、撤収するまで俺たちの前に姿を現さなかった。
俺は少しばかりガッカリしたが、でも、何処かで観ていてくれたはずだ。そう思い直して、客席に戻ることにした。ところが、そんな俺たち部員を航平がいきなり引き止めた。
「シーッ!」
航平が人差し指を口の前に当てて、俺たちに静粛を促す。
「何?」
俺が航平に囁くと、航平が黙って向こうを指差した。見ると、そこには美琴ちゃんと青地が二人で佇んでいたのだった。
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