第2場 田上涼太と鉢合わせ
暫く一人になりたいと、部長は俺たちを全員部屋の外に追い出してしまった。仕方なく、俺たちはホテルのロビーに集まった。
「まさか、このタイミングで現れるなんてな。何考えているんだろう、あの人」
「そうだよね。流石に、部長の前に今現れたのは不味かったね」
兼好さんと西園寺さんが溜め息交じりに言った。
「でも、何の目的なんでしょうね? 部活も学校も辞めたんでしょ? あの人、今、何してるんですかね?」
奏多がそう尋ねると、兼好さんはわからないと答えた。それもそのはずだ。涼太さんは、聖暁学園の誰からも姿を隠すようにコッソリと学校を辞めていったのだという。今の涼太さんを知る人は、聖暁学園には誰一人としていないのだ。
「明日、部長大丈夫なんでしょうか……。ちゃんとアキの父親役、出来たらいいですけど」
漣が不安そうにそう呟いた。
「そうなんだよなぁ。部長、あの人のこと人一倍気にしちゃって、二年前の中部大会も散々な出来になっちゃったんだよね。俺と悠希も部長に引き摺られてセリフは忘れるわ、立ち位置間違えてピンスポの位置からずれた所に立つわ、最悪な大会になって終わったよな」
「まさか、演劇部に復讐に来たんじゃ……」
希が突拍子もないことを言い出した。
「このタイミングでわざわざ部長に声をかけて、全国大会の上演を台無しにすることで、自分の人生を台無しにされた仕返しをしに……」
「あはは、それはないよ。以前ののむのむと違ってね」
西園寺さんはそんな希の心配を一笑に付した。希は真っ赤になる。
「や、やめてくださいよ。あれは、俺も若気の至りだったというか……」
「まだあれから三か月しか経ってないじゃん」
優のツッコミが入り、一同がどっと笑う。少し先ほどまでの重い空気が和らいだ所で、西園寺さんが立ち上がった。
「取り敢えず、僕が部長が何とか舞台に立てるように話を訊いてみるよ」
「だったら俺も。俺、これでも舞台監督だし。出演者やスタッフのメンタルケアも仕事の一つなんだよね、こうちゃん?」
と、兼好さんも合わせて立ち上がる。航平はコクリと頷いた。
「明日は朝も早い。だから、皆、早く部屋に戻って早目に寝てな」
兼好さんはそう言うと、西園寺さんと連れ立って、部長の元へ戻って行った。
部長の様子は気になるが、俺に何が出来るのだろう。ここは兼好さんと西園寺さんの高三コンビに任せるしかなさそうだ。その夜、俺は航平と二人で夕飯を食いに近くのカレー屋を訪れた。俺がそこでカツカレーを注文すると、航平が早速ツッコミを入れて来た。
「紡、カツカレー好きだったんだ」
「いや、カツには勝つっていうゲン担ぎもあるらしいじゃん。大切な試合や受験の前にトンカツを食うってやつ」
「あはは、紡、そんなの信じてるの? そもそも何に勝つつもり? まさか、全国大会優勝とか? だったら、明日あの計画を実行するのは不味いんじゃない?」
「ちげぇよ。取り敢えず、いい芝居を全国大会の舞台で披露する。そのためのゲン担ぎ」
「己に勝つ、的な?」
「そういうこと」
「紡、くっさいこと考えてるんだね」
「何だと、航平!」
俺たちが口喧嘩を始めた時、
「あの、君たち、聖暁学園演劇部の……」
と話しかけられた。見ると、あの涼太さんが俺たちの横に立っていた。
「え、ああ、はい。そうですけど……」
俺はそう答えたものの、どうしていいのかわからずに航平に助けを求めて視線を送った。だが、航平はこういう時は必ず目線を逸らせて逃げてしまうのだった。
「隣、座ってもいいかな?」
涼太さんが再び俺たちに声をかける。断る理由も特にはない。最高に気まずいが。俺は黙って頷いた。
「ありがとう」
涼太さんは俺たちの隣の席に腰掛けると、俺たちと話をするでもなく、ただカレーを注文した後は一言も話さずに黙って座っている。気まずい時間だけが過ぎて行く。俺は早くこの場を逃げ出したかったが、熱々のカツカレーを前になかなかスプーンが進まない。
「あつっ!」
一口でカツを食べようとした俺の口の中が熱さで一杯になる。思わず俺はカツを吐き出し、激しく咳き込んだ。
「もう、紡、汚い!」
航平が怒るのと同時に、涼太さんがそっと俺に紙ナプキンを差し出した。
「大丈夫? これで口、拭きなよ」
「ど、どうも」
俺はぎこちなく涼太さんから紙ナプキンを受け取ると、口元を拭った。何だ。航平よりずっと優しい人じゃん。俺は少し緊張感が解けたのをきっかけに、涼太さんに話しかけてみることにした。
「あの、元聖暁学園演劇部の部長さんなんですよね?」
涼太さんは頷いた。
「燿平から訊いたんだね。何処まで俺たちの話は訊いてる?」
「うーん、部長……って、こっちも部長さんだった。立野部長といろいろあって、演劇部と因縁があるっていうことですかね」
「じゃあ、事のあらましは殆ど全部知ってるってことだね」
「はい、まぁ……」
すると、涼太さんはふうっと大きく息を吐き出し、
「やっぱり、燿平には迷惑ばかりかけちゃうな」
と呟いた。
「あの、俺たちで良かったら、話、訊きますけど」
俺は何だか深刻そうな涼太さんを見ていると、自然とそう口にしていた。航平が「僕も?」と目で文句を言っている。仕方がないだろ。航平だけ訊きたくない、なんて言い出したら角が立つだろうし。
「ごめんね、全国大会の前の大切な時間に」
「いえ、別に大丈夫ですよ。後はホテルに帰って風呂入って寝るだけですし」
「そうか。ありがとうね。俺、燿平には悪いことしちゃったなと思っていて、ずっと謝りたかったんだ。でも、燿平にキモいって言われたことがショックで、結局ちゃんと伝えることが出来なかった。俺、図星だったんだよね。自分なんかキモいってずっと思って来たからさ。昔から、俺って自分に自信がなかったから。見た目も良くないし、要領も悪いしさ。それなのに、背伸びして、ノンケに恋して、無理矢理付き合わせて、拒絶されて。全部自業自得なのはわかってる。でも、やっぱり好きな人から面と向かってキモいって言われたのはショックだった」
「そのせいで演劇部も学校も辞めちゃったんですか?」
「半分正解で半分不正解かな。俺、最初からそんなに頭良くなかったからさ。俺が高等部の二年生に上がる頃には、聖暁学園での学校生活、だいぶ詰んでたんだよね。テストも毎回赤点続きで。でも、その癖、演劇部の部長なんか引き受けちゃって、部活で忙しくてさ。今思えば、部活を理由に勉強から逃げていただけなんだけどね。学校もうまくいかない、部活の人間関係も燿平と無理矢理付き合ったせいで壊れてしまった。俺、もうどうでも良くなっちゃってさ」
そう言って涼太さんは自嘲的に笑うのだった。
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