第十八幕 これが俺たちの演劇だ!全国大会本番!
第1場 因縁の元部長
全国大会の会場での仕込みやきっかけ合わせが開始された。俺たちが目指して来たまさにその舞台の上で、俺たちは最後の調整を行う。本番の会場に入ってから、将隆の表情はより曇りがちになっていた。仕込みの作業も、将隆は海翔と一緒に舞台袖で俺たちの作業を見守ることになっている。だが、俺はそれとなく海翔と将隆を呼び出した。
「これから、芝居の立ち位置をバミっていくから、よく見ておけ」
「バミるって何ですか?」
「本番は客電も落とされて暗転したら真っ暗になるだろ? そしたら、自分の立ち位置もわからなくなる。そのために、蛍光テープで立ち位置に印をつけていくんだ」
「へぇ、そうなんですね。でも、何で俺たちがそれをよく見ていないといけないんですか?」
俺は将隆にコッソリと耳打ちをする。将隆の顔に喜びと困惑の色が同時に広がった。
「え、いいんですか? でも、そんなことをしたら、先輩たちがずっとこの一年間で築き上げて来たものが……」
「一年間築き上げて来たからこそ、こうしたいって皆で話し合ったんだ」
「僕も今までずっと黙っているのキツかったぁ! これで普通に話してもいいんだよね?」
海翔がホッと安堵した表情で大きく息をついた。
「ダメだ。これは、本番でのサプライズなんだ。美琴ちゃんには特にバレないように二人共黙っていること。いいね?」
二人は真剣な表情になってコクリと頷いた。
「きっかけ合わせとゲネプロもしっかりと確認しておくこと。後は、いつもやっている稽古通りだから、出来るよな?」
二人はもう一度コクリと頷く。
「よし。じゃあ、俺は仕事に戻るから、二人はここでしっかり言われた通りにすること。じゃあ、また後でな」
俺は二人に早口でそう告げると、作業に戻った。時たま舞台袖に控える海翔と将隆を見ると、二人で手を取り合って、喜び合っている。ちゃんとリハーサルの様子を見ているように指示したんだが、大丈夫なんだろうな? まぁ、でもいいか。当たって砕けろだ。最高のサプライズを用意しているんだから、ちょっとやそっと立ち位置がずれたとしても、きっと照明担当の希が即座に対応してくれるはずだ。そんな事態も想定して、俺たちは稽古の時からいろんなシチュエーションに合わせた対応も練習して来ているのだから。何より、将隆に笑顔が戻ったのが何よりも重要なことだ。
きっかけ合わせに続き、ゲネプロを行い、今日の作業は全て終了だ。中部大会まで何度も積み重ねて来た俺たちは、もう全ての作業がこなれている。テキパキと全ての行程を
「燿平」
そう部長を呼ぶ声がして、演劇部員たちは振り返った。途端に部長の顔が凍り付き、兼好さんと西園寺さんが顔を見合わせた。声の主は部長に向かって一歩一歩歩いて来る。それと共に、部長は一歩ずつ後ずさった。何やら只ならぬ雰囲気が漂っている。部長は掠れる声でその声の主の名前を呼んだ。
「
「ごめん!」
すると、その涼太と呼ばれる人は頭を思いっ切り下げた。
「本当は、俺がこんな所に来る資格はないのはわかっている。あんな形で二年前に部活を飛び出して、皆に迷惑をかけて、もう演劇に関わるなんて、俺はするべき人間じゃないのもわかっている。でも、どうしても燿平が出る全国の舞台を観たかったんだ。俺の我儘だ。許してくれ」
「い、いや……。涼太先輩に見せることは出来ないよ。ご、ごめん。俺には無理だ」
部長はそう言うなり、一目散に走って行ってしまった。
「部長!」
皆が部長を追いかける。俺も皆と一緒に部長の後を追った。
部長はホテルの部屋まで駆け戻ると、汗だくになりながら肩で息をしていた。身体が小刻みに震えているのがわかる。俺はあの涼太という人がどういう人物であるのか、何となく見当がついていた。だが、一年生や中等部生は何のことだか皆目見当もつかず、あまりの部長の狼狽ぶりに自分たちもオロオロしている。西園寺さんがそっとぺっどボトルの水を部長に差し出した。部長は水を一気に飲み干すと、大きく息をついた。
「ごめん。取り乱した。心配かけたね。もう、俺は大丈夫だから」
部長はそう言って笑ってみせた。だが、一年生や中等部生の心配がその一言で解消される訳はない。問い詰められた部長は観念したように空を扇ぐと、涼太さんとの因縁を話し始めた。
果たして、あの人は俺の予想した通りだった。本名
「俺は、あの人に合わせる顔がないんだよ。俺があの人の人生を台無しにしたんだ。そんな人に全国大会の舞台を見られているなんて、平気ではいられないよ……」
部長はそう言って頭を抱え込んだ。
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