第5場 秘密裡に進める計画
俺は将隆の実家の柳谷家に電話を掛けていた。将隆のお父さんらしき男の人が電話口に出る。
「もしもし。僕は将隆くんの通う聖暁学園の一ノ瀬紡という者なのですが、将隆くんのお父さんでしょうか」
「ああ、はい。私が将隆の父ですが。将隆のお友達の方でしょうか?」
「はい。実は将隆くんのお父さんに折り入ってお話があるんです」
「話といいますと?」
「七月二十九日からの三日間、絶対にお仕事の予定を空けておいていただきたいんです」
「はい? いきなり何ですか?」
「お願いします。どうしてもお父さんに観ていただきたいものがあるんです」
「どういうことでしょうか?」
「実は……」
俺は将隆のお父さんの説得を続けた。俺の必死の説明により、最初は訝しがっていた将隆のお父さんは俺の頼みを了承してくれた。
「そういうことですか。わかりました。それなら是非、伺います」
将隆のお父さんがそう言った瞬間、俺は周りで電話の向こうの声に訊き耳をそばだてていた演劇部員たちにグーサインを示した。皆が「よっしゃ!」とガッツポーズを作る。
俺は今、演劇部員全員の了承を得て、とある計画を進めていた。この計画は、美琴ちゃんと将隆だけには内緒にしてある計画だ。きっと、この計画が知られれば、美琴ちゃんには反対されるだろう。それに、将隆も遠慮してしまって乗って来ないはずだ。これは、俺が一年以上に渡る演劇部の活動で培った、「演劇の力」を今こそ示すための計画だ。観客のために、観客が楽しめて感動出来る作品を届け、そして、人と人の縁と絆を結ぶ「演劇」本来の力を、だ。全国大会という、高校演劇部最高峰の場でそんな俺たちの最高の舞台を完成させるのだ。
俺たちは秘密裡に計画を推し進めた。いつも、美琴ちゃんが帰った後、俺たちは残ってこの計画を進めるための追加の稽古を繰り返していた。俺たちが美琴ちゃんの知らない所で計画する始めてのビッグイベントのために、皆が真剣な表情そのもので稽古に臨む。その稽古の成果は確実に成果となって身を結び、花開こうとしていた。
季節は巡り、再び暑い夏がやって来る。今年の夏は特に熱い夏だ。七月二十九日からの三日間、俺たちは全国大会の舞台に上がる。聖暁学園高等部史上初の大舞台に向けて、俺たちは最後の調整を続けた。状態は万端だ。俺たちの団結も芝居も今がピークの時期にある。これまで積み重ねて来た地区大会、県大会、そして中部大会を経て来た中で、この全国大会が最高の上演になりそうだ。そんな期待を胸に抱きつつ、俺たちは全国大会の行なわれる会場に向けて聖暁学園を出発した。
全国大会の場では、将隆のことだけではなく、俺個人としての特別な想いもある。俺の両親を全国大会の場に招待し、俺たちの芝居を二人に見せることになっている。俺が男である航平と恋人関係であることに殊更ショックを受け、狼狽している両親に、『再会』という作品を通して俺と航平の生き様を見せる。航平の両親も一緒に。どんな結果になるかはわからない。でも、俺は自分の今まで聖暁学園演劇部で培って来たモノを信じている。芝居の力を信じている。
他の部員たちも様々な想いを胸に馳せているのだろう。全国大会の会場へと向かうバスの中はピンと張りつめた沈黙が支配していた。俺はどうも落ち着かない気分でそわそわしていた。そんな俺の手をそっと航平が握った。
「きっと、全部上手くいくよ」
航平が俺にそっと笑いかけた。ああ、そうだな。俺は独りで全国大会の大舞台に挑むのではない。俺の隣にはいつもこいつがいる。俺が世界で一番愛している稲沢航平が。
「成功させような、俺たちの舞台」
「うん」
俺たちは静かにキスを交わした。
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