第3場 不器用な思いやり

 将隆と話し終わった俺が高等部に戻ろうと歩き出すと、柱の陰に海翔が隠れているのを発見した。あっと思った俺が声を掛けようとすると、海翔は、


「やばっ!」


と小さく叫んで、慌てて逃げ出して行った。あいつ、俺たちの会話、訊いていたのかな? もし、あいつが将隆の話を訊いていたのだとすれば、俺と対策会議でも開いて欲しいのだが。俺も将隆を演劇部に引き止めるくらいの策しか思い浮かばないし、このままではジリ貧になるのが目に見えている。航平も含めて三人で話し合えば、何かいいアイデアが浮かぶかもしれないし。三人寄れば文殊の知恵ということわざもあるしな。


 まぁいい。どうせ、あいつは今夜も俺の部屋に泊まりに来る。その時にじっくりと話をしてやればいいさ。そう思っていたのだが、海翔は


「今夜は自分の部屋で寝ることにするよ」


と部活終りに俺に告げると、それから俺の部屋に泊まりに来ることはなくなってしまった。


 将隆はというと、俺が部活を辞めないようにと強く言ったからか、あれからも一応演劇部には顔を出し続けている。相変わらず憂鬱そうな表情のままではあったが。一つ変化があったとすれば、将隆のそばには常に海翔が寄り添うようになっていたことだろうか。二人は言葉を交わす訳でもなく、目線を合わせる訳でもなく、常にただ並んでいるのだった。


 だが、いきなりずっと海翔がそばに付きまとうようになったことを怪訝に思ったのだろう。将隆が俺にそっと話しかけて来た。


「つむつむ先輩、海翔に俺の話、何かしましたか?」


「別に、何もしてないけど?」


「あいつ、最近、変なんです。ずっとつむつむ先輩の部屋で寝ていたにも関わらず、最近、いきなり俺と一緒に寝るようになって。俺のことを独りにはしないから安心しろ、なんて言うんですよ。絶対、俺の話、海翔にしましたよね?」


「いや、本当にしてないから。でも、もしかしたら、海翔は俺たちが話しているのを訊いていたのかもしれない」


「どういうことですか?」


「俺が将隆に話を訊きに行ったあの日、帰りがけに海翔の姿を俺、見たんだ。俺の姿を見ると慌てて逃げて行った。多分、あいつはお前の話を訊いていて、何か思う所があったのかもしれない」


「そんな……。でも、俺は海翔に何かして欲しいとか思ってませんから。つむつむ先輩からもそう言っておいてください」


将隆は俺に何度も念を押した。


 きっと、海翔は海翔なりに、将隆の力になろうと決心したんだろう。だが、将隆は海翔が寄り添おうとすればするほど頑なになっているようだ。海翔はそんな将隆を相手に、ただそばに寄り添う以外にどうしたらいいのかわからないのだろう。同時に、将隆も海翔に心配をかけたくなくて本当のことを話すことに躊躇ためらいがあるのだろう。二人が二人で不器用に相手を思いやるため、余計に事態がややこしくなっているようだ。


 俺はそんな二人を見ながら考えた。自主公演の稽古で、将隆は海翔の天真爛漫な芝居に引っ張られるように、少しずつ表情が明るく豊かになっていったんだっけ。もし、また二人に芝居をさせてみれば、何かが変わるかもしれない。だが、今稽古している作品は高校演劇部の全国大会で上演する『再会』だ。そこに二人の出番はない。希と優の二人には照明と音響というれっきとした役目が与えられているが、高校演劇の大会に関われるのは現役の高校生だけだ。二人は裏方の仕事にも携わることが出来ないのだ。


 二人があのままずっと寄り添ったまま俺たちが芝居の稽古に勤しむ姿を、ただ見学させておくのは何か勿体ないような気がして来る。だが、無理なものは無理なのだ。もし、あの二人を大会での上演に何かしらの形で関わらせるようなことがあれば、その時点で失格となってしまう。全国大会の優勝を狙う俺たちにとって、それは出来ない話だ。


 今日の稽古はアキとハルの子ども時代の回想シーンだ。二人でチャンバラごっこをして遊ぶこのシーンを、去年の夏に何度もダメ出しを受けながら稽古を繰り返したことを思い出す。あの時、海翔がサッカークラブの合宿を脱走して、俺たち演劇部と暫く時と共に過ごしたんだっけ。部長が機転を利かせて、海翔と一緒に遊んだことで、俺は小学生役の芝居のコツを攫んだのだ。あの時、海翔は特に無邪気にはしゃいでいたよな……。


 と、その時、俺はとあることを思いついた。


「すみません! ちょっといいですか」


俺は稽古を中断して、皆を招集した。


「あの、このシーンなんですけど、折角だから、稽古の時だけでも中等部の二人にも参加して貰ったらどうかと思うんです」


「どういうこと? 本番に二人は出ないのよ?」


美琴ちゃんが怪訝な顔をする。しかし、俺は飽くまでも自分の意見を押し通した。


「俺、久しぶりにこのシーンを演じるので、ちょっと感覚が鈍っていて。小学生を卒業したばかりの二人なら、もっとナチュラルな芝居が出来るはずです。だから、まずは二人に演じて貰って、もう少し子ども役の芝居を研究したいんです」


「仕方ないわね。まぁ、あのまま二人に手持ち無沙汰にさせておくのも可哀想だし、大会までまだ時間もあるしね。二人は将来の大切な演劇部員だし、今から育てるという意味でもアリか」


美琴ちゃんはそう呟くと、海翔と将隆を呼びつけた。


「あなたたち、今から『再会』の台本を渡すわね。この中に、主人公たちの小学生時代の話があるでしょ? ふぃっくんは去年の夏休みにちょっとだけ演ったこともあるわよね。そこを二人に演って貰いたいと思っているの」


すると、海翔の顔がパッと輝き出し、ずっと固かった将隆の表情も少しばかり綻んだ。美琴ちゃんから手渡された台本を読む二人はどんどん表情が生き生きしたものになっていった。

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