第十七幕 最高の舞台のために

第1場 中学生組に漂う不穏な空気

 美琴ちゃんの力はやっぱり偉大だ。美琴ちゃんが戻って来た途端、俺たちの芝居は見違えるように生き生きと輝きを放ち始めた。『再会』の一つの完成形を中部大会で披露したつもりになっていた俺たちだったが、美琴ちゃんの求めるレベルはもっと高い。このまま全国大会優勝までひた走るぞ、と俺は自分に気合を入れ直した。


 高校生組が一致団結して全国大会へ向けての稽古に励む中、どうも海翔と将隆の中学生組の様子が可笑しい。あれ程、今まで二人で仲良く寄り添っていたはずの二人が、最近は互いに言葉を交わす回数も極端に減っていた。特に将隆の顔には明らかに疲れが見え隠れするようになり、部活中もボウッとしていることが多くなった。


 そんなある日のこと、部活が終わった後、俺が寮に戻ろうとするのを海翔が引き止めた。


「今夜は兄ちゃんの部屋で寝てもいい?」


と海翔は俺に頼み込んで来た。


「ダメだよ。高等部の寮には、基本的に高等部の生徒しか入れない。中等部のお前がいるのが見つかったら問題になるだろ。それに、中等部の寮からお前がいなくなったとなれば、それだけで大騒ぎだ。警察に捜索願まで出されたらどうするつもりだ?」


「いいじゃん。じゃあ、夜寝る時だけ、兄ちゃんの部屋に行ってもいい? 夜の点呼の時は中等部でちゃんと受けるからさ」


「点呼なんて夜の九時半とかだろ。そんな時間に寮の玄関から外に出ようとしたら、寮母さんに見つかって連れ戻されるのがオチだぞ」


「兄ちゃんのケチ」


「大人しく自分の部屋で寝ていろ。将隆も一緒にいるだろ?」


俺が将隆の名前を出すと、海翔の表情があからさまに曇った。


「僕、将隆くんともう一緒に寝れないんだもん」


「はぁ? 何で急にそんなこと言い出すんだよ? 四月に入学し立ての頃は、親友が出来たって喜んでいただろ?」


「それはそうなんだけど……」


「喧嘩でもしたのか?」


「ううん。喧嘩はしてない」


「じゃあ、何で?」


「夜、将隆くんが五月蠅くて寝られないの」


「五月蠅いって、寝言でも言っているのか?」


「うーん……。ただの寝言とは違うと思う。いつもうんうんうなされていて、苦しそうなんだよね。何か悪い夢見たのかなと思って訊いてみても何でもないってはぐらかされちゃうし。このままじゃ寝不足で倒れちゃうよ」


確かに海翔は目の下にくまを作って疲れた顔をしている。このまま無下に海翔の頼みを断るのも少し可哀想だ。


「仕方がないなぁ。じゃあ、見つからないようにコッソリ来るんだぞ。もし見つかって怒られても、俺は責任は取らないからな」


「よかったぁ。やっぱり、持つべきは理解のある兄ちゃんだね」


「調子に乗るな」


 そうは言いつつも、もし海翔が寮母さんに見つかって怒られるようなことにでもなれば、兄貴として庇ってやらないといけないんだろうな……。それにしても、将隆は何だって、毎晩のようにうなされているんだろう。俺は気になったが、親友である海翔にすら理由を話さない将隆が、親友の兄貴に素直に事情を話してくれるとは思わない。だが、毎晩のように海翔が俺の部屋に通い続ければ、もし今日見つからなかったとしても、いずれはバレて問題に発展することは目に見えていた。また頭の痛い問題が増えたなぁ……。


 その晩、海翔は本当に俺の部屋にコッソリとやって来た。


「兄ちゃんの部屋懐かしい! ここに来るの、去年の夏休み以来だよね」


海翔はそうやってはしゃいでいる。去年の夏休みも、こいつはサッカークラブの合宿を脱走してここまでやって来て、警察沙汰になったんだっけ。海翔が俺の寮の部屋に来ると碌なことが起こらない。


「もう、今日は疲れてるから先に寝るね。おやすみ」


海翔はそう言うと、勝手に俺のベッドの真ん中を陣取って横になると、すぐに寝息を立て始めた。俺の寝るスペースがねえじゃん!


「あーあ、今夜も紡は僕と一緒だね」


航平が嬉しそうに俺の腕をつついた。航平も少しは俺の苦労をわかってくれ。お前に加えて海翔まで揃うと、俺は二人のを抱えて、のためにてんてこ舞いになるんだよ。


 その晩、海翔はぐっすり眠ることが出来たらしく、翌朝目を覚ますと、調子良く、


「あー、良く寝た! やっぱり兄ちゃんの部屋は最高だよ!」


などと言って大きな伸びをした。


「久しぶりに夜ぐっすり眠れたよ。やっぱりベッドを一つ独占出来るっていいね」


「そういえば、お前、もう一人で寝るのは平気になったのか?」


「うん。だって、僕、もう中学生だよ? 小学校は卒業したんだし、そろそろ一人で寝れるようにならなきゃね」


「だったら、中等部の寮の何処か空き部屋でも貸して貰えばいいだろ?」


「……それだと、部屋の中に完全に一人になっちゃうじゃん」


海翔は恥ずかしそうに顔を赤らめ、もじもじしている。布団の中では一人で眠れるようになったものの、同じ部屋に誰か一緒に寝ていないとダメらしい。海翔は成長したつもりになっているようだが、俺からしてみればそんなのまだ小学生と変わらないよ。相変わらず甘えん坊でしょうもないやつだな。将隆が夜うなされているのも、海翔が我儘ばかり言ってストレスを与えているからなのではないだろうか。


 俺は将隆にそれとなく訊いてみることにした。


「海翔がもしかして将隆に迷惑かけたりしてないかな?」


「別に何もしてないですよ? どうしたんですか?」


将隆は真顔で俺に訊き返す。何か隠している様子でもない。本当に海翔とは何もなさそうだ。謎は深まるばかりだ。


 結局、それからも海翔は俺の予想した通り、毎晩のように俺の部屋で眠るようになった。海翔は俺の部屋でぐっすり眠れるようになり、調子は絶好調のようだが、かといってこのまま放っておくわけにもいかない。取り敢えず、将隆にもう一度詳しく話を訊いてみなければならない。俺は昼休みに中等部を訪れ、将隆を呼び出して話を訊き出すことにした。

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