第7場 適材適所

 あまりにも美琴ちゃんが何事もなかったかのように、「検査結果は異常がなかった」と言い放つので、俺は少々腹が立って言い返した。


「だったら、俺たちに検査結果を知らせてくれても良かったじゃないですか。部活にも来てくれないし」


「あら、だって、わたしに部活に来るなって言ったのはあなたたちの方でしょ!」


 確かにそうだ。俺たちが美琴ちゃんに休んでいろと言ったんだ。でも、こんなの流石に当てつけだよ。今日のような日は特別なんだし、ちょっとは気を利かせて部活に顔を出してくれたって良かったのに。そのせいで、俺たちは美琴ちゃんを探して街中を駆けずり回ることになったのだ。


「それに、わたしももしかしたらこのまま悪い結果が出て、入院しろって言われるかもしれないのが心配で、今日一日休みにしたのよ。だから、今日は学校に朝から行ってもないわ」


「何だよー。でも、だったら、電話くらい出てくれよ。一日、家にいたんだろ?」


青地がそうぼやくと、美琴ちゃんは携帯を取り出して触ってみた。


「あらやだ。電池切れてるじゃない。しかも、充電していたつもりが、充電器のコンセント入ってなかったわ。ごめん、鼓哲」


「も、もう、いい加減にしてほしいね!」


と言って怒りだす青地に、美琴ちゃんはウインクして、


「青地、ごめん」


とまるでぶりっ子アイドルさながらなあざとさで謝った。幾ら何でもこんなわかりやすいぶりっ子など、流石の青地も引っ掛かる訳ないじゃないか。そう思って青地を見ると、すっかり顔を赤くしてのぼせ上っている。ダメだこりゃ。


 美琴ちゃんは再び俺たちに向かい合うと、


「取り敢えず、あなたたちだけで部活をやるんでしょ? もうわたしの出番はないみたいだし、明日も来るなってことよね」


と言った。美琴ちゃんは明らかに拗ねている。部活における美琴ちゃんの必要性を嫌というほど思い知った俺たちだったが、同時に美琴ちゃんも部活がなくてはならない存在なのかもしれない。


 俺たちは顔を見合わせた。あんなに自分たちだけで部活を運営してみせると啖呵を切った手前、どうしてもうまくいかなかったと正直に言い出すのに抵抗がある。だが、俺も部員たちももう限界だった。俺たちは一斉に土下座した。


「本当にすみませんでした! やっぱり、俺たちだけじゃ無理でした!」


「スケジュール管理がこんなに難しいものだとは俺、思っていなくて……」


「僕も、台本を書く余裕が全然なくて、このままじゃ秋の大会のために台本書き上げられそうにありません」


「お願いです! 演劇部にまた戻って来てください!」


俺たちが口々に謝罪の言葉を述べるのを、美琴ちゃんは実に満足気に見ていた。そして、


「ほーらね、やっぱり。あんたたちは、わたしがいないとダメなのよ」


と嬉しそうに言った。


「全部、あんたたちだけでやろうなんて、十年は早いわよ。明日からまたビシバシいくわね!」


「でも、俺はやっぱり今までのように、美琴ちゃんに全部を頼り切りじゃダメだと思うんです。俺たちで出来る部分はちゃんとやらないと」


と部長がそこで口を挟んだ。


「俺も、ちゃんとブタカンとしての仕事、上手にこなせるようになりたいです。いろいろアドバイスして欲しいんです」


兼好さんはそう言って、再び美琴ちゃんに土下座する。すると、美琴ちゃんは実に嬉しそうに、


「何だ何だ? 急に一丁前になりたい、みたいなこと言い出したりして」


と俺たちをおちょくっていたが、大きく「うん」と頷いた。


「いいわよ。あんたたちで出来る部分まで、わたしが全部自分一人でやろうとしていたのは事実だもの。もっと、あんたたちの力を信じてもいいのよね」


「適材適所って感じかな? 美琴ちゃんにしか出来ない部分と、僕たちで出来る部分をうまく分担してやっていきましょうって感じ!」


話がうまくついたことに気を良くした航平が、得意気な様子で偉そうなことを言い出した。そんな航平の額を美琴ちゃんは人差し指でつつく。


「全く、こうちゃんは相変わらず生意気言うのね。でも、そういうことよね。適材適所ってことで、これからよろしく!」


「はい!」


「よろしくお願いします!」


俺たちは口々に叫んだ。


「それはそうと、さっきから気になっていたんだけど、美琴ちゃんの部屋、流石だね」


と、航平が部屋の中をグルリと見回して興味津々といった様子で言った。俺も部屋を見回してみて、初めてこの部屋がとんでもないことになっていることに気が付いた。本棚にはびっしりとBL漫画や小説が並び、壁には何枚もイケメンのアニメキャラのポスターやイラストが貼り巡らされている。ソファーの上に置いてあるクッションから、美琴ちゃんがベッドの上で抱いていた抱き枕まで、ほぼ全ての家具がイケメンキャラだ。俺は思わず赤面した。


 航平は勿論、優も目を輝かせて本棚の漫画や小説を漁っている。俺がチラッと横を見ると、希がすっかり硬直してカチコチになっているのに気が付いた。


「希? どうした? 大丈夫か?」


すると、希はカチコチした動きのまま俺の方に振り向いた。


「どうしよう。この部屋、俺、理性を保てそうにない」


「なによ。もう理性なんか忘れて、ケダモノになってしまってもいいのよ。のむのむはイケメンだから許してあげる」


美琴ちゃんはニヤニヤしながらそんな希の脇腹をつついた。


「ひぃっ!」


希の情けない声が上がる。俺たちはそんな希の反応が可笑しいやら可愛いやらで、どっと声を上げて笑い出した。

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