第5場 行き詰る俺たちの部活運営

 美琴ちゃんは検査入院を終えて無事退院した。だが、まだ検査結果が出るまで一週間はかかるらしい。これからの一週間も気が抜けない訳だ。早速部活に出て来ようとする美琴ちゃんを俺たちは必死で止めた。


「今は休んでいて貰わないと困ります!」


いつもは厳しく注意される側の俺が、今日は逆に美琴ちゃんに強く注意しているという、不思議な逆転現象が起きていた。


 だが、俺たちだけの手で頑張ろうとしていたのも数日。俺たちの部活では綻びが生じ始めていた。


 兼好さんが策定したスケジュールは一見完璧に見えたのだが、往々にして稽古はスケジュール通りに進まないものだ。分刻みに定められたスケジュールに雁字搦がんじがらめになり、部員たちのストレスはどんどん溜まっていった。基礎錬の時間が毎回超過し、『再会』の稽古にかける時間が足りなくなる。そして、『再会』の稽古自体、皆で夢中になって取り組んでいるうちに、部活の終了時刻になっているのだった。


 結局、秋の大会に向けた台本創りは遅々として進まなかった。更に、もう他の部活では引退しているはずの三年生の先輩部員にとって、受験勉強と部活との両立は相当に厳しいらしい。西園寺さんは目にクマを作って、フラフラになりながら部活に参加していたが、とうとう貧血を起こして倒れてしまった。


「ごめん……。僕、何とか台本を書こうと思って頑張ったんだけど、勉強が忙しくてそれどころじゃないんだ。そのせいで、最近、殆ど眠れていなくて。いいアイデアも全然浮かばないし、このままじゃ完成させられそうにないよ……」


西園寺さんは保健室のベッドに寝かされながらそう俺たちに謝るのだった。


 早々に計画変更を迫られた俺たちだったが、西園寺さん以外に文才のありそうな部員は他にいない。俺は特進クラスの奏多と漣に台本の執筆を打診してみたのだが、


「俺は国語の点数、全教科で一番悪いんだよ」


「そもそも、国語の成績と文才って一致しないじゃん。現代文の授業で求められるのは読解力でしょ? 作文を求められている訳じゃないから」


と言うばかりで話にならない。


 一週間経つ頃には、俺たちはすっかり心身共に疲れ果て、それぞれダウンしてしまった。美琴ちゃんはこれら全ての仕事を、殆ど一人でこなしていたのだ。更に、普段担当している国語の授業もある。俺たちがどれだけ美琴ちゃんに頼り切っていたのかを痛感した俺たちだったが、能力不足な俺たちにこれ以上、この煮詰まった状況を打破する突破口は全く見えて来なかった。


「どうしよう……。このままじゃ、全国大会も、今年の地区大会も戦えないよ……」


俺は困り果ててがっくりと体育館のステージの上に仰向けに倒れ込んだ。


「美琴ちゃんに戻って来て欲しいよな……」


「うん。戻って来て欲しい」


「俺たちじゃもう限界だよ」


部員たちからの弱音が漏れ聞こえて来る。


「そういえば、今日って美琴ちゃんが検査結果発表される日じゃない?」


航平がふとそう呟いた。


「そうだよ。先週の検査入院から丁度一週間経つじゃん」


「どうだったんだろう。誰か何か聞いてない?」


「俺は何も」


「僕も聞いてない」


俺たちの間に重苦しい空気が流れ始めた。


「もし、悪い結果だったらどうしよう……」


優が泣きそうな声で呟いた。そんな優を希がどつく。


「おい、縁起でもないこと言うなよ!」


「ご、ごめん……」


「でも、やっぱり気になるよな……」


奏多のその一言に俺たちは押し黙ってしまった。気になる。確かにそうだ。だが、今日もちゃんと稽古を続けなければ、俺たちだけで進めると決めた部活の計画を遂行出来ない。だが、俺も他の部員も今日は部活に精を出せる精神状態ではなかった。


 そこに、何やらけたたましい声が体育館の外から聞こえて来た。


「そこを早くどきなさい! 私は急いでいるんです! ああ、あっちでもこっちでも前を塞がないでくださいよ。嫌ですねぇ、男子校の運動部はこれだから。大きな図体してあちこち走り回って、邪魔くさいったらありゃしない!」


俺たちはハッとして顔を上げた。あの聞き覚えのある慇懃無礼な話し方。そしてせかせかした足音。俺たちが体育館の入り口を見ると、バレー部の部員たちを押しのけて、青地が髪はボサボサ、スーツはヨレヨレ、スリッパは片方が脱げた酷い状態で中に飛び込んで来た。


「あいつ、何しに来たんだ?」


兼好さんの問いに皆は一様に「さぁ」と返す。本当に、あの人は何をしに他校の体育館に侵入して来ているのだろう。青地は俺たちを見つけると、


「君たち!」


と大声で叫んだ。そして、バレー部やバスケ部の活動するコートのど真ん中を、迷惑がられながらも堂々と突っ切って俺たちの元へ走って来た。


「天上先生は何処ですか!?」


青地は俺たちの元に辿り着くと開口一番、そう尋ねた。


「わかりませんよ。だって、今日は部活に美琴ちゃん、来ていないですし」


俺がそう答えると、青地は大声で叫んだ。


「えー!? そんなこと、あるはずがありません! 病院の検査結果など、午前中の診療時間には出ているはずなのですよ? 未だに来ていないなんて、そんなバカな話がありますか!」


俺たちはざわめき立った。一気に俺たちの間に不安が広がる。


「こうはしていられません。あの人を探し出さねば!」


青地はそのまま体育館を飛び出して行った。


「どういうことだよ。美琴ちゃん、もしかして検査結果が悪かったから入院したとか!?」


希がそう騒ぎ出した。


「取り敢えず、探しに行きましょうよ!」


将隆が焦りの色を隠せない顔でそう提案した。俺たちは頷き合うと、皆揃って体育館の外へと飛び出して行った。

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