第4場 俺たち自身の手で

 俺が寮に戻った頃には、すっかり日も暮れて辺りは暗くなっていた。


「紡、何処をほっつき歩いていたの? もうご飯の時間終わっちゃうよ?」


航平の言う通り、もう夕飯の時間が終わるまで十分しかない。俺は慌てて食堂に飛び込むと、一気に飯をかきこんだ。


「ほーんと、フリーダムだよね、紡は。こんな大変な時でも遊んでから帰って来れる神経を分けて欲しいよ」


航平が俺の夕飯に付き合いながら呆れ気味に文句を垂れる。失礼しちゃうよな。俺は遊んでいて帰るのが遅くなった訳じゃないのに。それに、普段からお前の方がよっぽどフリーダムだよ。俺は航平に反論したかったが、あまりに急いで飯をかきこんだせいで、盛大にむせてしまった。


「きったないなぁ! 紡は、本当に世話の焼ける子だよね!」


航平は雑巾を持って来ると、テーブルの上を拭き始めた。


「ごめん……」


「いいよ、別に。きっと、紡は何か別に大事な用事があったんだろうし」


わかってるのかよ! だったら遊んで来た、なんて人聞きの悪いこと言うなよな!


「うん……。まぁね」


「別にいいよ。紡は紡の事情があることくらい、僕、わかってるから」


「詳しく訊かなくていいのか? 今までだったら、何してたのか、とか、誰といたのか、とか煩く訊いて来てただろ?」


「だって、僕はもう、紡に毎回確認しなくてもいいんだもん。紡は、僕のことだけ見ていてくれてるって確信があるんだ。何ていうかな。信頼感みたいなものが最近出て来たんだ」


航平が俺を信頼している? 俺はその航平のセリフにすっかり嬉しくなって、航平を抱き寄せた。


「航平、好き!」


「はいはい。もう、いちゃつくのは後。それより、早く食べなよ」


航平にそう言われて時計を見る。やっべ! 航平と話しているうちに、夕飯の時間が終わるまで後三分だ。俺は慌てて残りの飯をかきこむのだった。




 飯を食い終わって俺が航平と食堂前のロビーで一息ついていると、そこに自然と演劇部員たちが集まって来た。どうやら、俺が何か美琴ちゃんの病室で新しい情報を得たりしたのではないかと気にしていたらしい。俺は美琴ちゃんが青地と寄り添っていたことについて話そうか迷ったが、ここは俺の胸だけに留めておいた方がいいような気がしていた。だが、俺は一つだけ皆に伝えたいことがあった。


「皆に聞いて欲しいことが一つあるんです」


俺はそう切り出した。


「俺たち、ずっと美琴ちゃんに頼りっぱなしで来たじゃないですか。演出や舞台監督の仕事なんか、殆ど美琴ちゃんがこなして来た。でも、俺、これからは自分たちでやれる部分は、俺たちから動いてやった方がいいと思うんです。俺は別に、美琴ちゃんが入院したのは俺たちのせいだったなんて言うつもりはないです。原因なんて、医者でもない俺たちにわかる訳ないですし。でも、これからは、俺たちだけでもやれる所があるんだってことを示して、少しでも美琴ちゃんの負担を減らしたいんです。どう思いますか?」


「そうだな。俺はつむつむの意見に賛成だよ。これからは、俺は演出として、もっと演出に積極的に関わっていくようにするよ」


と部長が俺に同意する。すると、兼好さんと西園寺さんも頷いた。


「俺も、ブタカンとして、もっとちゃんとスケジュール管理や毎日の稽古の取り纏めから全国大会について懸かって来る事務的な作業も出来る限りやろうと思う」


「僕は今年の大会に向けて台本を書くよ。特別公演で台本書いてみて、だいぶコツをつかめたし。それに、今度、皆からいろいろなアイデアを募ってもいいかなって思ってる」


「いいね! 僕もどんどんアイデア出す!」


航平もノリノリだ。


「俺たちも頼ってくださいよ。俺と漣は今回脇役だし、割と何でも協力出来るんで。な、漣?」


「はい。僕たちに出来ることなら頑張ります」


奏多と漣も前向きだ。希と優は照明と音響の担当を自分たちから買って出てくれた。


「よし。じゃあ、明日から、俺たちだけでもしっかりやれる所、美琴ちゃんに見せちゃいましょう!」


俺たちは円陣を組んで、「やるぞー! オーッ!」と大声で叫んだ。




 俺たちは翌日の部活から、俺たちだけでの活動に本腰を入れ始めた。まずは、兼好さんが全国までのスケジュールを立てる。放課後の部活時間を細かく決め、基礎錬、『再会』の稽古、そして秋からの大会用作品の創作に当てる時間をそれぞれ設定する。十分稽古の時間取れない平日では『再会』の通し稽古が出来ないので、土日を利用して通し稽古をやる。一日たりとて無駄はなく、殆ど分刻みのスケジュールだ。


 早速基礎錬からだ。いつもに増して、俺たちは全員、黙々とトレーニングに取り組む。普段であればダラダラと会話をしながらトレーニングをしていたものが、今日は皆がトレーニングに集中し、無駄口を叩く者は皆無だ。発声練習に続いて、『再会』の稽古を開始する。部長からのダメ出しが次々に入って来る。部長が演出らしく仕事をしている場面を俺は初めて見た気がする。俺たちはテキパキと部活の行程をこなした。


 美琴ちゃんのいない部活を一日やり終えた俺たちは確信した。これならやれる。これで、美琴ちゃんを少しでも安心させることが出来そうだ。俺たちの団結は固かった。俺たちの演劇部は少しずつ動き始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る