第十六幕 大ピンチ!今こそ手と手を携えて

第1場 全国大会へご招待

 自主公演の終了と共に俺たちはゴールデンウイークに合わせて実家に帰省した。俺は正直、春先に俺と航平の恋人関係がバレて以降、家に帰りたくはなかったのだが、海翔はどうしても家に帰りたいのだという。仕方なく俺は海翔に付き添って、航平も含めた三人で家に帰ることにした。


 相変わらず俺の両親は、俺たち三人に対して、腫物に触るかのような扱いを続けていた。俺と航平がいちゃついている所が見つかろうものなら、母さんは顔を覆い、涙声で


「ごめんね。つーくんをそんな子に生んでしまって。航平くんも辛いでしょう? ああ、本当に航平くんのご両親もお気の毒だわ。あんなに気丈に振舞われていたけれど、どれだけお辛い思いをしてらっしゃるか。どうしてつーくんとかいくんに限って、こんな風に生まれて来てしまったんだろう」


などと言って泣き出すのだった。したがって、折角航平と実家に一緒にいられるにも関わらず、おちおち恋人らしく過ごすことも出来ずにいた。航平はいつも俺の耳元で、


「僕の父さんと母さんがそんなに悩んでる訳ないじゃん。ぷぷ。紡のお母さんったらおっかしいの」


と笑うのだが、俺にとっては笑いごとではない。


 結局居心地の悪いまま、ゴールデンウイーク中、俺たち子ども側と親側で必要以上に気を遣って過ごしていたのだが、寮に戻る連休最終日の前日の夜、海翔が夕飯の時間に突拍子もない頼み事を始めた。


「ねぇ、父さん、母さん。今度、七月の終わりに、兄ちゃんや僕の演劇部が全国大会の本番を迎えるんだ。二人にも観に来て欲しいんだよね。僕は中学生だからまだ出られないけど、兄ちゃんの晴れ舞台だしさ」


 俺は慌てた。もし、の芝居であれば海翔の頼みはごく自然なもので、何も憂慮することなどないだろう。だが、俺たち聖暁学園演劇部が全国大会で上演する『再会』は違う。これだけ、俺や航平の恋人関係諸々ですったもんだしている俺の両親が、寄りにも寄って航平と恋人役を演じる『再会』を観たりすれば、この二人が精神的に大丈夫だとは思えない。俺だって、あんな作品を観た後に、この二人がどんな反応を示すのか想像すると、それだけで恐ろしい。


「べ、別にいいよ、来なくても。ほら、会場も遠いしさ。交通費も宿泊費もバカにならないし、父さんだって仕事があって忙しいだろうから……」


俺が何とか取り繕おうとするのを、海翔は遮った。


「ねぇ、ちゃんと来て、僕たちの演劇を観て欲しいんだ。ダメかな?」


 俺の両親は困ったように顔を見合わせた。二人共、俺の想像通り、俺が航平と舞台上で愛し合うことになるであろう演劇作品を観ることに抵抗があるらしい。すると、今度は海翔は航平に話を振った。


「ねぇ、航平くんのお父さんとお母さんはどうするの? 夏に日本に戻って来たりする?」


「うん。僕の親も夏休みの間はこっちに戻って来て一緒に過ごす時間も設ける予定だよ。だから、全国大会にも来てねって、既に伝えてあるんだ」


「だってよ? せっかく、航平くんのお父さんとお母さんも来るんだし、皆でまた一緒に集まろうよ」


 俺の両親は困った表情で顔を見合わせたまま、溜め息をついた。


「あなた、どうする?」


「そうだな……。ここまで海翔が言うなら、観に行ってやった方がいいんじゃないのか? せっかく、紡も主役として出るんだし」


「でも……わたしはつーくんがホモになる舞台に立っている所なんか、ちゃんと観られる自信はないわ……」


「そうだな……」


二人は黙りこくってしまった。すると、海翔が二人の前に身を乗り出して、話し出した。


「兄ちゃんはこの一年間、ずっと演劇部で頑張って来たんだよ! 僕も演劇部に入れて貰って、この前初めて舞台に立ってみて、初めて兄ちゃんの凄さがわかったんだ。一つの舞台を作るのがどれだけ大変なのか、二人とも考えたことある? 毎日稽古を積み重ねて、セリフ覚えて、何度も注意されて、時にはうまくいかなくて心が折れそうになることもあるよ。でも、兄ちゃんはどんな時もめげずに今まで演劇部で頑張って来たんだよ。


 父さんと母さんはどれだけ兄ちゃんが変わったか、見てあげてる? 兄ちゃん、今、とても楽しそうに学校生活を送ってるんだ。中等部の時は何となく家に帰って来ても元気なかったでしょ? いつも勉強しなきゃいけないからって、自分の部屋に籠ってばかりで。聖暁学園に入学してから、僕、兄ちゃんのことそばで見れるようになったけど、本当に楽しそうに学校生活を送っているんだ。昔よりずっと僕にも優しくしてくれているよ。僕は、兄ちゃんがここまで変わったのは、演劇部に入ったからだと思うんだ」


俺の両親はもう一度顔を見合わせると、


「かいくんがそこまで言うなら……」


「そうだな。紡の晴れ舞台、見に行ってやるか」


と言いながら頷き合った。




 本当に大丈夫なのかな……。未だに父さんと母さんを信用し切れない俺は、そっと海翔に耳打ちした。


「おい、本当にあの二人を招待したりしてもいいのか?」


「いつまでも逃げている訳にいかないでしょ。ちゃんと、兄ちゃんも二人と向き合わないと。兄ちゃんたちの演劇観たら、きっと二人の考え方も変わるよ。『再会』、めっちゃいい作品だしさ。僕、去年の夏休み、兄ちゃんがあの作品練習しているのを見て、少し気持ちが楽になったんだ。僕は僕らしく生きていってもいいんだなって」


「海翔くん、いいこと言うじゃん」


航平が海翔にニヤッと笑いかけた。


「へへん。だろ?」


海翔は胸を張って偉ぶってみせている。


 俺もいつまでも逃げている訳にいかない、か。確かに、こんな風に両親と気まずいまま過ごすのは嫌だな。芝居を通じて、俺はいろんな人との繋がりを得て来た。航平と出会い、美琴ちゃんや部員の皆と出会い、壊れかけた奏多との友情も取り戻した。もしかしたら、俺の父さんと母さんも本当に俺たちの芝居を通して何かが変わるかもしれないな。俺は芝居の力に全てを託してみることにした。

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