第11場 舞台監督・稲沢航平
自主公演を無事に終えた俺たちは、カラオケに行って打ち上げを行った。新入部員や中等部の二人がワイワイマイクを持って盛り上がる中、美琴ちゃんが俺と航平にそっと話しかけて来た。
「わたし、こうちゃんのことこの前、もっとちゃんとブタカンの仕事をやりなさいって叱ったけど、あれ、悪かったわね。こうちゃんはちゃんとブタカンしていたわ」
「え? どういうことですか?」
俺が尋ねると、航平は顔を真っ赤にして
「あ、ダメダメ! それ言っちゃ!」
と美琴ちゃんを止めようとした。だが、美琴ちゃんは航平の制止も聞かずに、航平の秘密を暴露した。
「いいじゃない。別に悪いことしていた訳じゃないんだし。こうちゃんは、全部計算していたんでしょ? つむつむのことも、のむのむのことも、そしてゆうゆのことも」
「もう、何で言っちゃうかなぁ。僕、そんなに腹黒い人間じゃないんだけど」
航平の計算? 俺のことと希のことと、そして優のことまで? 俺は一向に話がつかめない。
「え? え? どういうこと?」
事情の一切つかめていない俺に対して、美琴ちゃんは次のような解説をした。
希が演劇部やBLに対する複雑な想いにも航平は気付いていた。俺が脇役である通行人の役になったことにショックを受けていたことも知っていた航平は、そんな傷心中の俺に希が近付き、良からぬ企てをしていることに気付いていた。自主公演を潰すなど、ただ希が俺の気を引こうと持ち掛けた荒唐無稽な計画であったものの、同じように心に傷を抱える俺と希を放っておけば、もしかしたら意気投合した俺たち二人によってその計画が実現しかねない。そこで、二人を孤立させないために、航平も俺や希に同調してみせたというのだ。
更に、俺は優が希の頑なな心を解かす唯一の手掛かりだと信じ、何とか彼に希と向き合って貰おうと思っていたのだが、それも全ては航平の差し金らしい。優の抱く希への恋心に気付いていた航平は、優をそそのかして希と仲良くするように再三働きかけていたのだという。一旦希と仲良くなりかけた優にわざと近付き、BL話で盛り上がってみせたのも、希の嫉妬心を刺激し、それによって二人をくっつける算段だった。そこで二人が喧嘩になれば、俺が動いて必死に二人の仲を取り持とうと、
「お、お前ってやつは……」
俺は言葉を失った。可愛い顔をしている癖に、とんでもないことを考えるやつだ。そもそも、俺が本当に希の企みに乗って自主公演を台無しにするかもしれないと疑うなんて、俺はどれだけ信用がないんだよ。……まぁ、ちょっと心が傾きかけたのは事実ではあるけどさ。
「えへへ。でも、紡とのむのむの気持ちがわかると言ったのは、半分本気。僕も、実は通行人の役になったの、ちょっとショックだったんだ。そのせいで、演劇部から心が離れかけたのも事実。だから、全部が全部、計算していた訳じゃないよ」
航平はそう笑ってみせた。
「舞台監督の仕事の一つに、役者たちのメンタルケアってのがあるんだ。ちゃんと、その舞台に関わる人たちのメンタルを調整して、本番に最高の状態を実現できるようにするっていうのも、ブタカンとして必要な要素なんだって」
メンタルケアって、こうやってあの手この手を駆使して計算ずくで人の気持ちや行動ををコントロールすることなのだろうか。だが、航平にそれらしく解説をされると妙に納得してしまう。
「わ、わかったよ……。でも、頼む。これ以上、俺のことを計算してコントロールしようとしないでくれよ。俺はお前とはピュアな恋愛をしたいと思っているんだ。ほら、春に吹くそよ風のような爽やかな恋をだな……」
「あはは、また言ってるよ。わかってるよ。普段は計算して紡をコントロールしたりしないから。今回は特別。だって、ある意味演劇部の危機だったんだもん。そこに、僕がブタカンとして関わることになっていたんだから、何か対策を講じないとダメでしょ?」
「それはそうかもしれないけど……」
「でも、紡。本当は僕に操縦されて、手のひらで転がされたいって思ってない?」
航平が悪戯っぽく笑いながら俺を覗き込んだ。俺の心臓がドキッと音を立てる。
「そ、そんなことは一度も思ったことない!」
「本当に?」
「本当だよ! ああ! もう何だか自主公演、気を遣って疲れたな。何かパーッと歌って発散しなきゃ。リモコン貸して!」
俺は慌ててリモコンで曲を予約する振りをしてその場を誤魔化した。
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