第10場 紡と希はそっくりさん

 紆余曲折を経た自主公演だったが、一か月の稽古を経た本番の舞台は大成功を収めた。俺たち聖暁学園演劇部が全国大会に進出したという宣伝効果もあり、会場は大入り満員の大盛況だった。秀才の集う聖暁学園から選りすぐられたイケメンたちがBLを演じるという、こっちが赤面してしまうような誰が流したのかわからない噂を聞きつけた県下の女子高生たちが大挙して押し掛けて来たのだった。


 希は美琴ちゃんに叱られて号泣した事件以来、憑き物が落ちたように芝居に打ち込むようになり、本番の舞台では実際に、相手役の優に対してとろけるようなキスをしてみせた。恐らく、中等部と高等部合わせて千人を超える聖暁学園の在校生の中で一番の容姿を誇るであろう希のイケメンっぷりは、スポットライトを浴びてより輝かしく世の女子高生たちの目を刺激した。その希の相手役が、これまた絵に描いたような美少年っぷりを発揮する優なのだから、ラストシーンはそれは大いに盛り上がった。ラストシーンで希が優の唇に実際キスをした時、会場からまるでイケメンアイドルのライブ会場かのような黄色い歓声が舞台裏に控える俺の耳にも届いた。


「のむのむもやってくれるね」


希の芝居を舞台袖から観ていた俺たちはそんな風に言い合って苦笑した。


 終演後も、希と優に新たについた「ファン」たちが楽屋にまで駆けつけ、それはそれは大騒ぎになった。俺はこの時ほど、なんちゃってイケメンで良かったと思ったことはない。ただの通行人として舞台を一度通り過ぎただけの俺に注目する者など誰もいなかった。曲がりなりにも「イケメン」の部類に入るであろう奏多や漣だって準主役として活躍していたにも関わらず、主演俳優たちの人気ぶりに押されて殆ど注目を浴びていなかったのだから尚更だ。


 二回の上演が無事に終了し、主演二人の「ファン」たちも帰って喧噪が一段落すると、俺たちはバラシの作業と、劇場の掃除を行った。舞台の床の掃き掃除をしながら、希が俺にそっと話しかけて来た。


「紡先輩、今回の自主公演では、いろいろ迷惑をかけてしまってすみませんでした」


? しかも敬語? あんな先輩である俺にも偉そうに接していた希の改まった態度に俺は思わず吹き出してしまった。


「別にいつも通りでいいよ。俺、別に先輩だからって敬語を後輩に強要したりしないしさ」


「でも……」


「ああ、やめろってば! 調子が狂うから」


「えへへ、じゃあ、いつも通りで。でも、ありがとう。俺、今日初めて舞台立ってみて、本当に楽しかった。こんな世界があるんだなって、俺、初めて知ったよ。舞台に立つのって、こんなに楽しいんだな」


「そう思うだろ?」


「うん。辞めなくてよかった。これも、紡が俺のこと引き止めようといろいろ頑張ってくれたおかげだよ」


俺たちは笑い合った。希の心からの笑顔はやっぱり爽やかだ。いや、教室で見せるいつもの笑顔よりも爽やかで素敵だ。その笑顔に俺は思わず胸がドキドキした。


 その時、俺たちの元に優が駆け寄って来ると、希にギュッと抱き着いた。


「お、おい。一体どうしたんだよ!」


いきなり抱き着かれた希はドギマギしながら優に尋ねる。優は目を潤ませながら希に向き合った。


「ねえ、希は僕のことどう思ってるの?」


「え? どうって言われてもな……。演劇部の仲間で、学校でも友達のいいやつって感じかな」


「本当にそれだけ?」


「どういうことだよ。それ以上の何があるって言うんだよ」


「僕はそれだけで終わる関係なんて嫌だ。今日、希が女の子たちに囲まれているのを見て、僕、何だか凄くムカついたんだ。舞台に立っている時は本当に楽しかったし、公演自体も成功したと思う。でも、素直に公演の成功を喜べないんだ」


すると、今度は希が感情を爆発させた。


「俺だって、優が女に囲まれてヘラヘラ笑ってるの、すげえ嫌だった。お前、何で女にあんな顔して笑うんだよ? 笑うんだったら、俺の前だけで笑えよ」


「僕はヘラヘラなんかしてないよ! それに、僕のファンだって言ってくれる子に邪険には出来ないでしょ。だから、一応笑顔で対応しただけだよ」


「それでも! それでも、俺は……俺は、お前のことが好きだから! 俺、本当はお前のこと恋人にしたい。でも、そんな都合よく男が好きな男のこと、お前が好きになれる訳ないだろ。俺は今までもずっと片想いしかしたことがないんだ。いくら演劇部で男同士で付き合ってる先輩が多いからって、そんな毎年毎年都合のいい話がある訳ないだろ! だから、お前とは友達でいるしかないと思って、俺、これでも我慢していたんだぞ」


希はそこまで言ってから、初めて自分が今何を口にしたのかを理解したらしい。顔を真っ赤にして、


「い、今のは妄言だ。忘れてくれ」


と言って逃げ出そうとした。ところが、優はもう希を逃がしはしなかった。優の喜びに満ちた表情といったらなかった。ずっと憧れて来た希からの「告白」なのだ。嬉しくないわけがない。優は希を後ろからギュッと抱きしめると、


「僕も、僕も希のことが好き。僕も希の恋人になりたい」


と告げた。希は持っていた箒をポトリと床に落とした。


「なぁ、今の、冗談だよな?」


希の声は若干震えている。それに対して、優ははっきりとした口調で叫んだ。


「冗談なんかじゃないよ。僕は、ずっとずっと、中等部に通っていた頃から希のことを目で追っていたんだよ! 希のことがずっと好きだったんだよ!」


「ゆ、優! それ、嘘じゃないよな?」


「嘘じゃないよ! 希は僕の憧れの人だったんだ」


「マジかよ……。中等部の頃から好きだったなんて、俺、全然気が付かなかったよ。もっとそう思っているなら思っているってはっきり言えよ!」


「だって、希はずっとクラスの人気者で、でも、僕は腐男子で引っ込み思案なぼっちでさ。僕とは住む世界が違うと思っていたから……」


「バーカッ! 一緒だよ、俺たちの住む世界は。俺もBLが好きな腐男子だ」


「あはは、今、希、自分のことって言ったよね?」


「何だよ、悪いかよ」


「だって、あんなに腐女子や腐男子を嫌っていた希がね」


「減らず口ばかり叩くな。生意気なやつ」


希はそう言うなり、優を抱き寄せてその唇にキスをした。俺はずっと二人の様子をそっと横で見守っていたが、いつの間にか、俺のそばには航平や他の部員たちも集まって来ていた。


「ヒューヒュー、熱いねぇ!」


「おめでとう!」


皆から揶揄いやら祝福やらの声が飛ぶ。


「や、やめろよ。そんな、おめでとうとか言われたら、俺、俺……」


希はその後は涙で言葉にならなかった。しゃくり上げて泣き出す希を、優がそっと抱き締める。そんな二人の様子を眺めていた航平が如何にも可笑しそうに笑い出した。


「なーんか、のむのむって紡とそっくりだね。突っ張ってる所とか、実は打たれ弱い所とか、すぐ泣くところとか。そうそう。名前の響きも何となく似てるよね。つむぐのぞむって」


俺は顔を真っ赤にして叫んだ。


「こ、航平!」


「だってそうじゃん。さすが、聖暁学園演劇部のイケメンナンバーワンとナンバーツーだけある。性格までそっくりだよ」


この生意気なやつめ! 俺は反論しようとしたが、部員の皆まで航平に同意して一斉に笑い出した。俺は、違うからな! 俺は希より素直だし、打たれ強いし、すぐに泣いたりなんかしねえよ! 失礼しちゃうな、部員全員揃いも揃って。

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