第7場 明るみに出た希の企み
自主公演の稽古は順調に進み、俺はすっかり希が「演劇部を潰す」計画を立てていたことなど忘れてしまっていた。希の目付は次第に熱を帯びたものとなり、演劇をやることに
優とのラブシーンも熱の入った芝居で、熱っぽく優を見つめるその眼光は、俺によからぬ企みを持ち掛けた時のあの鋭く突き刺すような眼光ではなく、同じく強くはあるものの、その中に優への思いやりや温かみが込もっていた。そして、その中に時たま覗く不安気な色合いは、主人公の揺れる恋心と不安を表すのに十分だった。
優は希との交流が深まるに連れて、希以外の部員との距離も少しずつ縮めていった。中でも航平とは特に意気投合したようで、よく二人で笑い合っている姿を見かけるようになっていった。二人にはBL好きという共通の話題もある。俺はそんな二人が接近するのは時間の問題だと思っていたし、実際にどんどん仲良くなっていく二人の姿をそばでそっと見守っていた。しかし、そんな二人を快く思っていない人間が一人いた。希だ。
「優のやつ、なんで稲沢なんかと……」
希は笑い合う二人の姿を苦々しく見つめながら、俺のそばまでやって来てボソリとそう呟いた。
「きっと、優は航平と知り合えて嬉しかったんだよ。優、BL好きだからね。二人とも、腐男子だから共通の話題で盛り上がるんだろうね、きっと」
俺がそう答えると、希は明らかに不機嫌そうな様子になった。
「は? 優が腐男子? ありえねぇ」
希はずかずかと優の元へ歩いて行くと、優の首根っこをつかんで航平から引き離した。
「のむのむくん、痛いって」
優が痛がるのも構わず、希は乱暴に優を床に投げ出した。そして、床に倒れ込んだ優の前にしゃがみ込むと、優の胸倉をつかんで顔をグイッと近付けた。ただならぬ二人の様子に、演劇部の部員たちも騒然とする。だが、希は他の部員の姿など既に眼中にはなかった。ただひたすら、その鋭い眼光を優の顔、その一点に注いでいた。
「おい、お前、今稲沢と何の話をしていたんだ?」
希は優を問い詰め始めた。優は少し怯えた様子で震えている。
「な、何の話って、オススメのBL漫画の話だよ」
「そのBLってやつ、お前、好きなのか?」
「……うん。好きだけど、それがどうかしたの? のむのむくんはBL好きじゃないの?」
「俺はBLなんて大嫌いだ!」
希の大声が響き渡る。演劇部員たちは全員凍り付いた。
「の、のむのむくん、何言って……」
優はおろおろしながら希にその真意を問おうとした。だが、希は既に怒りで我を忘れているようだった。
「お前、BLなんか読むのやめろ。そんなものの話を稲沢なんかと二度とするな。お前は俺とだけ話していればいい。他の演劇部員のやつらなんかと仲良くなるな。お前、いつもクラスでは隅っこで一人でいるだろ。俺は中等部時代、お前が誰かと話しているのを見たこと一度だってなかった。それが何だ。何故、演劇部に入った途端、他のやつらと仲良くし出すんだ。BLか? BLが好きなやつら同士で仲良くなったとでも言うのか?」
希はそう言って優を激しく揺さぶった。すると、優が希の手を力一杯振り払った。優の表情は怒っていた。あの大人しい優が俺たちに見せた初めての初めての怒りだった。
「……そうだよ。悪い? 僕が同じ趣味を持つ友達を作るのが、そんなに悪いことなの? 確かに僕はずっと中等部時代独りぼっちだった。でも、好きで独りでいたわけじゃないよ! 僕だって、友達が欲しい。共通の趣味の話で盛り上がったりしたい。その何処が悪いの?」
「全部わりぃよ! 俺は腐女子だの腐男子だの、そういう人種が一番嫌いなんだ! BLを好きなやつに碌な人間なんかいやしねえ。優、やめろよ、BLなんか読むの。もっとまともな趣味を持てよ。BL好きな仲間なんか作るな」
「そんなこと、希に勝手に決められたくない!」
優は怒りのためか、「のむのむくん」呼びが「希」呼びに変わった。希はドキッとした顔をして、初めて少し怯んだ表情を見せた。
「希だって、BLが好きだったんじゃないの? BLが好きだから、この演劇部に入ったんじゃないの? 希だって知っているでしょ? 聖暁学園の演劇部が毎年BLの作品を演じていることくらい。現に僕たちが今稽古している作品だってBLだよ。BLがそんなに嫌いなんだったら、何で演劇部なんかに入ったの?」
優がどんどん希に詰め寄る。希は優に押されるように一歩二歩と後ずさる。追い詰められた希は頭を掻き毟りながら自暴自棄な様子で叫んだ。
「ああ、そんなに俺が演劇部に入った理由を知りたいかよ! 俺はな、BL好きなやつらに復讐するためにこの部活に入ったんだよ。BLなんか毎年演って浮かれてるやつらをぶっ潰してやりたくてわざとな。この部活を滅茶苦茶にしてやりたかった。こんな演劇部の自主公演、ドタキャンかまして、台無しにしてやろうと思ってたんだよ!」
希はそこまで捲し立てた後、しまったという顔で立ちすくんだ。だが、希の企みは今、演劇部員全員に知れ渡る所となってしまった。
「う、嘘……。希は、演劇部で僕たちと一緒に芝居するのが楽しかったんじゃないの? 僕たちのこと、本当は嫌いだったの……?」
優は今にも泣きそうな声を絞り出した。
「そ、そうだよ……。お前らのことなんか大嫌いだったんだ……」
希はそう震える声で言うと、そのまま外に飛び出して行った。
「兄ちゃん……」
海翔が泣きそうな顔をして俺にしがみつく。俺は海翔をギュッと抱き締めた。
「大丈夫だ。俺が何とかする。何とか……」
本当はどうしたらいいのかわからない癖に、俺は自分にも言い聞かせるようにそう繰り返した。
希が立ち去った後、優はその場でボロボロ涙を零しながら泣き出した。航平が優しく優に寄り添う。
「希は、希は、僕と本当に仲良くなってくれたんだと思っていたのに……。初めて聖暁で出来た友達だと思っていたのに……。僕は何も希のことを理解してあげてなかったんだ。憧れの希と友達になれたんだって勝手に舞い上がっちゃってバカみたい……」
優は航平の胸に頭を預けて激しく泣きじゃくった。
俺は考えた。本当に希は「嘘」で優と仲良くなったのだろうか? 演劇部との関わり方だって、ここ最近、ガラリと変化し、より積極的になっていたのも全ては「演技」だったのだろうか? あんなに色んな表情を見せるようになり、楽しそうに見えた希の本心は、果たして演劇部やBLへの憎悪に未だに満ちていたのだろうか? 俺はどうしても希の本心を確認したかった。
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