第4場 奥手な優が唯一の鍵

 俺と航平は優を寮の部屋に連れ込んだ。優はおどおどしたまま、俺に指示されるまま、俺のベッドの上に腰掛けた。それも、端の端に少しだけお尻を乗せてだ。


「もっとこっちに来て深く座りなよ。そんな体勢じゃ疲れるだろ?」


「は、はい。すみません」


優は数センチだけこちらに移動した。ダメだこりゃ。


「で、僕たちに話って何かな?」


航平が尋ねると、優は俺たちの顔をまじまじと見つめて来た。こんなに顔を真正面から凝視されると、何だか気まずくなって来る。腐っても先輩である俺たちの顔を凝視して来るなんて、この優ってやつは気が弱いんだか、大胆なんだかわからない性格をしている。


「先輩たちが付き合っているっていうのは本当ですか!?」


これまた唐突な質問が飛んで来た。すると、航平は悪そうな笑みを浮かべながら俺の頬をプニッと摘まんだ。


「付き合ってるよ。紡はねぇ、こんな風に普段カッコつけてる癖に、夜になると小猫ちゃんになるんだよ」


俺と優の顔が同時に真っ赤になる。


「お、おい、航平、何を言って……」


「にゃんにゃん言ってるもんね、毎晩」


「そんな猫みたいな鳴き声を上げたことは一度もない!」


「えー? いつも上げてるじゃん。甘えん坊さんになっちゃってさ」


航平が俺に乗せ付いて来る。この野郎。寄りにも寄って後輩の前で赤っ恥をかかせやがって! だが、そんな俺たちの様子を見ていた優は口を押えてクスクス笑い出した。


「ったく、笑うなよ。航平がふざけて言っているだけで、俺と航平は極めて健全な関係だ。あるだろ? 高校生が主人公の青春ドラマでよく見る爽やかな恋の話。丁度春になった今、外に出て受ける爽やかな風をイメージしてくれたらいい。そんな感じの関係って言ったら理解出来るかな?」


すると、優だけではなく、航平までもが腹を抱えて笑い出した。


「何が可笑しいんだよ! 俺は真面目な話をしているんだ!」


「す、すみません。でも、つむつむ先輩って面白いですね」


優は俺のベッドに倒れ込んで、拳をドンドンと打ち付けながら笑い転げている。


「で? 相談事があるんだろ。さっさと話せよ」


俺は決まりが悪くなってぶっきらぼうに優を催促した。優は真剣な表情に戻ると、今度は俺のすぐそばまで移動して来た。なかなかの押しの強さに俺も思わずのけぞってしまう。


「のむのむくんのことです」


「希がどうかしたのか?」


「僕はのむのむくんとお芝居がしたくて演劇部に入ったんです。僕にとって、のむのむくんはずっと憧れの存在でした。聖暁学園に入ってから、のむのむくんはずっと僕たちのクラスの中心にいる子だった。僕のような隠れ腐男子でBLばかりこっそり読んでいるような、影の薄い引っ込み思案なボッチにとっては高嶺の花なんです。


 でも、のむのむくんがテニス部の試合を見に行った時、あまりのカッコよさに僕、すぐに惚れ込みました。リアルだったんです。汗をかいてる姿まで爽やかでカッコよかった。今さっきつむつむ先輩が言っていた春に吹くそよ風みたいな感じで。


 だけど、僕にはのむのむくんに話しかけに行く勇気はなくて……。でも、そんな時、のむのむくんが高等部に上がったら演劇部に入るらしいという話を聞いたんです。僕は昔、児童劇団に入っていたって言ったじゃないですか。演劇なら、僕はこんな引っ込み思案でシャイな自分じゃない別の誰かの役でいられる。それに、のむのむくんと役として仲良く出来るかなって思って。しかも、聖暁学園の演劇部は例年BLを舞台で演ってるって聞いて、更に入りたいと思うようになりました。だって、もしかしたら役としてのむのむくんと恋人役になれるかもしれないんですよ!


 そんな時、偶然美琴ちゃんに演劇部に入らないかって声を掛けて貰って。二つ返事でオーケーしたんです。しかも、自主公演でのむのむくんと本当に恋人の役を出来ることになって、本当に嬉しかったんです」


優は話し出すと止まらなくなる性格らしい。口角泡を飛ばしながら、一気に捲し立てた。何だ何だ。今年の新入部員も結局男好きなリアルBL男子が大集合ってか。しかし、美琴ちゃんもよく、こういう部員ばかり集めて来るよな。狙ったようにさ。だが、そこまで捲し立てた所で、優の表情に陰が差した。


「でも、のむのむくんの様子がちょっと変なんです。せっかく相手役になれたんだし、もっと仲良くなろうと思って話しかけてもつれない返事しかくれないし。いや、それなら僕みたいな地味なやつに興味なかっただけなのかもしれないけど……。だけど、一人でいる時、何だかとても淋しそうなんです。ボウッと向こうを見つめていて、周りに誰も寄せ付けない雰囲気を出しているというか。


 でも、よく思い返してみたら、のむのむくんのこと、僕は何も知らないんだなと思って。クラスで友達と笑っているのむのむくんしか、僕、見たことなかったから。寮の部屋も違うし、接点全然なかったので、プライベートなのむのむくんなんて見たことないんですよね。


 でも、このままのむのむくんが沈んだ顔をしているのを僕は見ていたくないんです。のむのむくんにはいつもの爽やかな笑顔でいて欲しいから。僕、こういう時、どうしたらいいんですか? どうやったらのむのむくんともっと仲良くなれるんですか?」


俺はそんな優を見ていてふと思った。もしかしたら、希のあの荒んだ心の中を癒す唯一の鍵がこの優かもしれないと。航平も俺と同じことを考えたらしかった。航平は優しく優に語り掛けた。


「だったら、正直に仲良くなりたいってのむのむに言ってみたら?」


「正直に……ですか?」


「一回だけじゃ届かないかもしれないけど、ちゃんとのむのむのことが好きで、仲良くなりたいって気持ちが伝われば、きっとのむのむも変わるよ」


「でも、僕にそんなこと……」


「そんなことしたいと思ったから、僕たちに相談したんでしょ? 背中を押して欲しかった。違う?」


「……はい」


「だったら、頑張ろうよ。僕も出来る限り応援するからさ」


「ありがとうございます」


優は頬をポッと赤らめて礼を述べると、部屋の外に駆け出して行った。

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