第3場 隠し事の多い新入部員
航平という最高の理解者がすぐそばにいることを自覚した俺は、幾分気持ちが軽くなった気がしていた。このまま演劇部を続けるかどうかもまだ未定だ。だが、暫くはこのまま続けてみてもいいような気がしている。別に演劇部に必要とされていなくても、俺を必要としてくれる航平がいるのであれば、部活に顔を出す意義も十分あるというものだ。
俺は翌日の部活中、ずっと航平と二人で寄り添っていた。航平の舞台監督としての仕事を手伝いながら、たまに通行人として舞台を横切りながらやっていると、案外楽しいものだ。そんな俺たちの様子を、希はあまり快く思っていないらしかった。稽古の間の休憩時間に、希は俺を呼び出した。
「まだ稲沢と仲良くしてんのかよ。俺が昨日あんたに言ったこと忘れたのか?」
希は苛立った様子で俺を問い詰めた。
「どうも、稲沢航平でーす」
と、そこに航平が顔をひょっこり出したので、希は気まずそうに黙ってしまった。
「大体の話は紡から聞かせて貰ったよ」
航平がそう言うと、希は逆上して俺に詰め寄った。
「はあ? 何でこいつにバラしたりするんだよ!」
「まぁ、落ち着きなって。僕も実は演劇部嫌になりかけていた所だから」
「はぁ? 何言ってんの? お前なんか、演劇部に一番協力してる中心人物だろ」
「あはは、そう見える? でも、僕は今回の配役については、紡と同じ気持ちを抱いているんだ。何だか、もうどうでもいいような気分になっちゃってさ。それに、君がBLが嫌いな理由、わからないでもないよ。僕はBLのこと好きだけどね。だから、別に無理矢理に好きになれなんて言わないから安心してよ」
「……なんだよ。結局はBL好きなんだろ」
「まぁね。でも、人ってそれぞれ違う考えを持っていて当たり前じゃない? 蓼食う虫も好き好きって言うじゃん?」
「何が言いたいんだよ」
「僕は別にのむのむの気持ちを否定したりしないってこと。別に君が自主公演を潰したとしても、少なくとも僕は君を責めたりしないから。敵じゃないってことを言いたかった」
「……敵なんて、そんなこと考えてねえよ。俺はBLがムカつく。それだけだから」
昨夜はあんなに航平に対しても敵意丸出しだった癖に、牙を抜かれた虎のように幾分口調がトーンダウンしていた。
「僕もまだ、演劇部とどうやって関わっていくか考えは纏まってない。でも、少し僕には考える時間が欲しい。僕も、もう一度、演劇部やBLのことをどう思っているのかじっくり考えたい」
俺はそんな航平に同意した。
「俺も航平と同じだ。少し考える時間が欲しい。後、一つだけ言っておきたいことがある。航平は最低なやつなんかじゃない。俺にとっては最高の彼氏だから。それだけは訂正して欲しい」
希は唇を噛みしめた。
「少なくとも、俺も航平もお前の敵じゃない。もし、何か思うことがあるんだったら、俺たちに言いに来いよ。追い返したりしないからさ」
「そういうこと。あ、そろそろ稽古が再開だよ。こんな話してる所バレたら大問題だから、何食わぬ顔で元いた場所に戻るんだよ。ほら、そんな怖い顔してないで」
「う、うるせえよ! そんなこと、お前らに言われなくてもわかってるから」
希は少し顔を赤らめてそう言うと、舞台の上に出て行った。
再び稽古が開始される。だが、今までそつなくこなしていた希の芝居に少しずつ綻びが見え隠れし始めていた。今まで完璧に覚えていたはずのセリフが出て来ない。美琴ちゃんに出されたダメ出しの内容も一回で修正されず、何度も同じ注意を受ける。心なしか、芝居に対する集中力を切らしているように見えた。しまいには、体調が悪いと言い出し、先にさっさと帰ってしまった。
「俺、何か変なこと言っちゃったかな?」
俺は航平に囁いた。
「あっちはあっちで悩んでるんだよ、きっと」
と航平が囁き返す。俺はその時ふと視線を感じて顔を上げた。見ると、優が俺たちの方をじっと見つめていた。だが、俺が優に気付くや否や、ササッと顔を背けて逃げてしまうのだった。
「のむのむの隠し事も大概だったけど、ゆうゆも何か皆に隠していることがありそうだよね」
航平が俺に耳打ちする。
「何かって?」
「それがわかったら苦労しないよ。僕は読心術の使い手でもないしね」
「ぷぷ、読心術だって!」
「あ、紡が笑った!」
「悪い悪い。でも、航平が読心術使ってる所想像したら笑えた」
「何だよー。失礼しちゃうな。でも、やっと紡が笑ってくれたね」
「え?」
「だって、配役オーディションが終わってからずっと暗い顔していたしさ。紡の泣き顔もエロくて可愛いけど、やっぱり普段は笑っていて欲しいから」
「俺の泣き顔がエロくて可愛いってどういうことだよ」
「そのままの意味だよ。紡可愛い!」
航平のやつ、調子のいいことばかり言いやがって。俺は「この野郎!」と航平にデコピンを食らわせた。だがその時、俺は再び視線を感じ、ふと顔を上げると、優がまた俺たちをコッソリ見ているのに気が付いた。先ほどと同じく、俺と目が合うと慌てて目を逸らす。あいつ、何でさっきから俺たちをチラチラ見てるんだ? 俺は優の方に歩いて行くと、優の肩をつかんだ。すると、優はビクッと肩を震わせ、恐ろしそうに俺の方を振り向いた。
「なぁ、お前、さっきから俺たちの方チラチラ見てるよな。何か用か?」
「えっと……その……何でもないです」
優は消え入りそうな声で答える。
「何でもないって感じじゃないけどね」
航平も俺の後に続いて優の方へ歩いて来た。優は顔を赤くしてモジモジしていたが、小さな声で、
「あ、あの、ぼ、僕の話、後で聞いて貰えないでしょうか」
と俺たちに頼み込んで来た。
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