第十五幕 イケメン新入部員は問題だらけ
第1場 演劇部への反逆
希は俺をベッドの上に座らせると、俺の肩に腕を回して俺の身体を引き寄せた。キスはもうしないとは言っていたが、こんなことされたら殆ど変わらないじゃないか。希は口元に微笑を湛えていたが、その目は冷たく鋭い眼光を俺に向けている。最初にこいつと会った時と同じだ。俺は居心地が悪くなり、目を逸らせた。
「ねぇ、先輩。俺、先輩が何を考えているのか当ててやろうか?」
希はさも楽しそうに俺にそう言った。俺は何も答えなかった。俺が何を言った所で、こいつが碌なことを考えていないんだろうなということが想像がついたからだ。
「俺がいなかったら、自分は演劇部の華でいられたのに。テニス部のエースなんだったら、ずっとテニスだけやっていればいいじゃないか。何で演劇部に来て自分のポジションを奪ったりするんだ。違う?」
希の言葉は俺の心にチクチク刺さる。俺は認めたくはなくても、心の奥底では正にそう思っていたのだ。
「まぁ、どうでもいいけどさ、そんなこと。俺、腐女子とか腐男子って大嫌いなんだよね」
「は?」
いきなり何を言い出すんだ。俺は思わず希の方に振り向いた。
「あ、やっと先輩、俺の方見てくれた。へへ。可愛い顔しちゃってさ」
希は俺の頬をツンツンと突いた。
「ちょっと、やめろよ。それより、教えろよ。腐女子や腐男子が嫌いって一体どういうことなんだよ?」
「そのままの意味だよ。BLとかいう漫画やアニメも大嫌い。あんなものも、あんなものを好きなやつも全部なくなってしまえばいいと思ってる」
「意味わかんねえんだけど。だったら、何でBLをやってる演劇部なんかに入って来たんだよ」
「へへん。それはね、腐男子の部員と腐女子の顧問で構成される聖暁学園演劇部を潰すためだよ」
「お、お前、どういうことだよ!」
俺は思わず逆上して立ち上がった。演劇部を潰す? 一体、こいつは何を考えているんだ。
「まぁまぁ、先輩も血の気が早いな。取り敢えず、座って最後まで俺の話聞けって」
希はそう言うと、俺の前にクルリと躍り出た。
「ほんっと、腐女子って最悪な人種だと思わないか? 俺さ、姉ちゃんが腐女子なんだよ。家でずっとBLの漫画やらアニメやら観てるの。先輩、もしかして、腐女子って自分の仲間だと思ったりしてる? 男が好きな男の仲間だってさ」
「は? 別に何とも思ってないけど。ていうか、そんな話をするってことは、お前は男が好きな訳?」
「そうだよ。俺は男が好き。初恋も夜自分で抜く時のオカズも全部男。あ、でも、先輩、安心していいよ。別に俺、先輩を狙ってる訳じゃないから」
「だったら、BLの何が嫌いだって言うんだよ?」
「だってさぁ、腐女子の姉ちゃん、俺にいつも何て言ってるか知ってる? BLは二次元の世界だけでいい。リアルに男同士が付き合ってるのはキモいって言ってるんだぜ」
「へぇ……。そんな人もいるのかもしれないね。でも、俺たち演劇部は……」
「違わねえよ。結局、お前ら演劇部のやつらも、いくらBLやってるって言ってもファンタジーの世界の話だろ? リアルに生きてる俺たちのことなんか、関係ないと思ってるんだろ? ていうかさ、俺、ムカつくんだよね。あいつら、男同士の恋愛を妄想の種にしてるんだろ? でも、リアルにそういう男がいたら引く。
先輩は、演劇部で男同士のカップルがたくさんいるって反論するかもしれないよな。でも、結局お前らはそういう腐女子に媚びた芝居をやってるんだ。俺たちで妄想して萌えてくださいってな。そういうのも俺、ムカつくんだよね。俺たちはあいつら腐女子の妄想の材料じゃねえし。堂々と男が好きな俺の目の前で『希はホモにならないでね、キモいから』とか平気で言って来る姉ちゃんみたいなやつらに、何で俺たちが媚びて妄想の材料を提供しなきゃいけないんだよ。おかしいだろ」
希の顔には先ほどまで湛えられていた笑顔はなかった。目を真っ赤にし、溢れ出す涙をグイッと腕で拭った。希はそのまま泣きながら半分怒鳴るように話し続けた。
「俺だって、こんな風に生まれたくはなかった。普通に結婚して普通に子どもを作って、普通な人生を送りたかった。でも、あいつら、俺がどんなに普通な人生を送りたくても送れなくて、ずっと苦しかったかなんて知らない。そんなことあいつらに言ったって、キモいの一言で済まされる。男同士の世界なんか、BLみたいに綺麗な世界じゃねえよ。あんな嘘っぱちの世界で萌えとか言って喜んでんじゃねえよ。先輩、そう思わないか?」
「新堂……」
「希でいいよ。俺、先輩とは仲良くなれそうな気がしているんだ」
希はそう言って、涙を拭うと、俺に再び笑ってみせた。普通の人生か。一年前の俺がずっとこだわっていた二文字だ。久しぶりに訊いたな、この言葉。
「いや、でも、俺は演劇部員なんだぞ? 何で、希は俺とだけ仲良くなれそうだなんて思うんだよ?」
「だって、先輩が一番演劇部に入った時に俺と同じ理由で悩んでいただろ?」
「普通ってことか?」
「そう。だって、先輩が一番あの演劇部の被害者じゃん。稲沢航平は自分から演劇部に入りたいと言って入部した。井上悠希もそう。立野燿平は女好きで俺たちの気持ちなんかわかるはずもない。吉田健太に至っては、他校の女目当て。西条奏多と東崎漣はあんたと稲沢航平を追って自分から入部した。でも、あんたは違う。稲沢航平に無理矢理入部させられて、天上美琴に丸め込まれて、BLを強制的に刷り込まれてさ。それまで普通に生きたかった癖に、強制的に男が好きな自分の性癖を炙り出されてさ。普通のレールから今じゃすっかり外れてる。演劇部の一番の被害者だ」
違う。希の言っていることは、以前の俺には当てはまっても、今の俺には当てはまらない。俺は、今の演劇部での自分に満足している。普通な人生に戻りたいとは思っていはいない。
「俺はもう普通の人生を送ることにそんな価値を見出してはいないよ」
俺がそう反論すると、希はふふっと笑った。
「でも、散々振り回された挙げ句、今はどうなってる? 殆ど演劇部に見捨てられたような状況に追い込まれてるだろ? 史上最高の逸材とかそんな甘い言葉を掛けられて、持ち上げられて、利用価値がなくなればポイッと捨てられる。腐女子の世界なんて、そんなものなんだよ」
俺の心臓がドキッと揺れ動いた。
「俺がこの前、先輩にキスしたのは、そんな先輩の心を掻き乱してやりたかったから。あんな演劇部で
俺の心臓は更に激しく波打ち出す。航平は違う。そんなやつじゃない。わかっている。わかってはいるが、演劇部に見捨てられたという希の言葉は直接俺の心に突き刺さった。航平は俺とは違って、その演劇部に必要とされている。舞台監督の役目を一手に引き受けているだけ、俺よりマシだ。その点において、航平は俺とは違う。俺のことを航平はきっと100パーセント理解はしてくれない。
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