第2場 悲しみに暮れる両親

 その晩、俺と航平が部屋で一緒に寝ていると、海翔が自分の枕を持って俺の部屋を訪ねて来た。


「今夜は兄ちゃんたちと一緒に寝る!」


夏休みを思い出す三人での夜だ。だが、今夜の俺はそれどころではなかった。


「海翔! 何でお前まで親の前であんなこと言い出したんだよ。明日以降大変なことになるぞ」


「え? 何が? 海翔くん、何か変なこと言った?」


航平は何もこの状況を理解していないらしい。


「別に変なことなんか何も言ってないよ」


と航平に答えると、海翔は俺の布団に潜り込んで来た。そして、


「だって、父さんも母さんも口先で調子のいいことばかり言ってるんだもん。本当は何もわかってない癖にさ。だから、ちょっとショックを与えてやろうと思って」


と事もなげに言う。


「おいおい。俺、もうどうなっても知らないぞ」


「別にいいよ。聖暁学園に入学したら、これから僕も寮生活になるから、父さんや母さんと一緒に住むこともなくなるしさ」


「え? え? どういうこと?」


航平は未だに一ノ瀬家で起きている深刻な事態を理解していないらしい。俺は大きな溜め息をついた。


「俺の両親、あんな調子のいいこと言っていたけど、絶対、俺たちのこと理解してないからね。航平のお父さんとお母さんがいきなり俺と航平が付き合ってること暴露し始めて、俺どれだけ焦ったか。俺の親、二人共すっかり顔が青ざめちゃってさ」


「え? 僕、紡と付き合っていること、親に話したの不味かった?」


「別に、もういいよ。バレちゃったものは、仕方ないもん」


「どうしよう……。僕、追い出されたりしないかな?」


航平は本気で心配して泣きそうになっている。


「それはないと思うけど……」


俺は自分にも言い聞かせるようにそう言った。


 翌日、航平は両親を見送るために空港まで出掛けて行った。家に残されたのは俺と海翔。そして俺の両親の四人だ。俺たちの間に、昨夜の凍り付いた冷たい空気が流れる。母さんは俺たちを抱き寄せるとわっと泣き出した。


「ごめんね、つーくん、かいくん。こんな風に生んでしまって。でも、大丈夫よ。お母さんは何があっても二人の味方だからね。どんなに後ろ指を指されて辛い人生が待っていても、強く生きていくのよ!」


父さんは頭を抱えてドサッと食卓に腰を下ろした。


「いや、母さんは悪くない。父さんの教育が悪かったんだ。何処かで育て方を間違えたんだろう」


「やっぱり、わたしたち、割と晩婚で高齢出産の部類に入るから、染色体に異常を来したのかしら?」


「そんな……。病院に行って検査して貰うか」


「無駄よ。だって、もう二人はこんな性癖を持って生まれて来てしまったんだもの。手遅れだわ。テレビのドキュメンタリー番組で言ってたもの。ホモの人は一生ホモのままで生きていかなくてはならないんだって。自分の意思ではどうすることも出来ないんだって」


「精神科の医者に診せてもダメなのかい?」


「そういう治療はであるという理由で、今の時代はもう行なわれていないそうよ」


「何てことだ。あぁ、二人とも許してくれよ。父さんたちがこんなに不甲斐ないばかりに、お前たちをこんな人間にしてしまって」


俺はそろそろこの場にいるのが辛くなって来た。


「別に俺は自分のこと辛い状況に置かれているとおも思っていないし、そんなに二人が気に病むことじゃないから」


俺がそう言うと、母さんは再びわっと泣き出した。


「つーくんは優しいのね。お母さんたちを悲しませないように、無理をしているんでしょう? 泣いてもいいのよ。辛いでしょう? しんどいでしょう? でも、自殺だけはしないで頂戴ね。同性愛者の自殺率って高いんですってね。新聞の特集記事で読んだことがあるわ。あなたたちに死なれたら、わたし、生きていけない。そうそう。航平くんにもくれぐれも言っておいて頂戴ね。死んだらご両親が悲しむよって」


「僕は死ぬつもりもないし、別に泣きたいとも思ってないから。取り敢えず、僕は部屋に戻るね。後は兄ちゃん、よろしく」


海翔は調子良くそう俺に後の責任を押し付けて部屋に逃げ帰ってしまった。俺はそれからも一時間以上、悲しみと後悔の念に苛まれる両親の相手をさせられることとなった。




 俺は春休みが終わると共に、逃げるように家を出て寮に戻った。こんなにも寮が居心地がいいと思ったのは初めてだ。あの後、俺の両親はまるで腫物にでも触るかのように、俺や海翔、そして航平に接した。海翔はちゃっかりとそんな両親を利用して、「可哀想な息子」を演じながら欲しいゲームソフトや漫画を買って貰うのだった。


 だが、俺は勿論、居候することになった航平も海翔のように呑気にはしていられない。航平はその異様なまでの俺の両親の気の遣いぶりに、自分の両親が何をしでかしたのかということを身に染みて理解したらしい。航平は俺に何度も謝った。しかし、当の航平の両親は、すっかり俺の両親が、俺や航平のような人間に人たちだと勝手に思い込んだまま、上機嫌でドイツに移住してしまった。


 結局、この後始末をするのは、あの二人の長男たる俺なんだよなぁ。はぁ。しんどい。


 俺は春休みのこの騒動のせいで、渡された台本を殆ど読むこともなく、新学期を迎えることになった。演劇部くらいは平穏無事な場所であって欲しいと願う俺であったが、高等部二年生に進学した俺と演劇部に待っていたのは、これまた嵐のような事態だった。

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