第十四幕 吹き荒れる春の嵐

第1場 破天荒な稲沢家

 特別公演が終わるや否や、俺たち演劇部の元には中等部三年生から大勢の入部希望者が殺到した。やつらの狙いはただ一つ。葉菜ちゃんだ。だが、葉菜ちゃんがたった一回の特別出演であったこと。そして、当の葉菜ちゃんは部長の彼女になってしまっていることを知ると、潮が引くように誰もいなくなった。返す返す現金なやつらだ。可愛い女の子に釣られて入部希望を出したものの、百合丘学園の可愛い演劇部員と日常的に交流出来る訳でもない俺たち演劇部で、男同士のラブストーリーをひたすら演じさせられるのは我慢が出来ないということなのだろう。


 美琴ちゃんが声を掛けたという十人の候補生も一向に現れなかった。このままでは、聖暁学園中等部に危なげなく合格した海翔が唯一の「新入部員」ということになりそうだ。最も、中等部生の海翔は正式な部員にはなれないのであるが。でも、俺は内心それで安心していた。あの新堂希が入って来たりでもすれば、演劇部の中が掻き乱されるのが容易に想像出来たからだ。結局、誰も新入部員を獲得出来ないまま、ずるずると春休みになってしまった。


「仕方がないわね。このまま新入部員が来ないのなら、今のメンバーで出来る簡単なお芝居を創って自主公演をやりましょう。自主公演の台本、西園寺書いてみる?」


美琴ちゃんはそう西園寺さんに提案してみたが、折角意気込んで創った処女作にも関わらず、新入部員を誰一人として獲得出来なかったことを気に病んでいるらしい西園寺さんは、すっかりしょげ返って首を横に振った。


「ごめんなさい。僕、もう暫くは台本書けそうにありません」


「仕方がないわね。じゃあ、わたしが初めて聖暁学園で演劇部の顧問をやった時に書き下ろした作品でもやりましょうか」


美琴ちゃんはそう言うと、後日、俺たちにその台本を配った。


「取り敢えず、この春休みに台本を読んでみてね。休み明けにオーディションを開催して誰がどの役を演るのか決めましょう」


「オーディションですか?」


俺は俄かに不安に襲われた。オーディション形式で選ばれることになれば、俺は役を一つも貰えない気がしてならなかった。一年間演劇部で頑張ったものの、自分の演技力に完全な自信までは持てていなかったのだ。


「心配しなくても大丈夫よ。適材適所で、誰がその役に合っているかを決めるだけだから。上手い下手で役を決めたりしないわよ」


ガチガチに緊張する俺を宥めるように、美琴ちゃんはそう言った。




 だが、自主公演よりも先に、まずは春休みだ。お盆休みは俺と離れ離れになる淋しさに涙を流した航平だったが、今回は違う意味で泣きそうな顔をしていた。航平の家族は全員、この春休みにドイツに渡ってしまうのだ。一人日本に残ることになった航平の面倒は、一ノ瀬家で見ることになっている。俺と一緒に過ごす選択をしたものの、海を越え、大陸を越えた外国に自分以外の家族が行ってしまうのは流石の航平も辛いのだろう。俺がそばで支えてやらなきゃな。


 ドイツへ渡航する直前、稲沢家は一家で航平を連れて俺の家を訪れた。俺たち家族に挨拶をするのだ。稲沢家の人たちは、航平に負けず劣らず破天荒な人たちだった。航平のお母さんは俺を見るなり、


「あなたが紡くんね! 航平からいつも話は常々聞いているわ。航平と仲良くしてくださってありがとうね」


と言って俺の手を握ってぶん回した。航平に負けず劣らず押しが強い。だが、根っから陽気な二人は、俺の父さんや母さんともすぐに打ち解けた。その夜、二家族が集った一ノ瀬家では、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎになった。


「それにしても、わたし、ビックリしましたよ。聖暁学園の演劇部で男の子同士の恋愛ストーリーを毎年演じているんですって? ユニークな部活もあるものですね」


航平のお母さんはそう言って豪快に笑った。俺の母さんも一緒になって大笑いする。


「そうそう。わたしもこの前、海翔の入試に付き添いで行った時、たまたま演劇部の公演を見ましてね。最初は驚きました」


「いやはや。でも、今の時代、同性同士のカップルが普通になって来た時代でしょう? ドイツでもつい最近同性婚が法整備されましてね。聖暁学園の演劇部は正に時代の先端をいくといいますか、素晴らしい部活動だと思っております」


と、航平のお父さんがしみじみとワイングラスを傾けながら言った。


「そのようですね。何でしたっけ? える・じー・びー・てぃーでしたっけ? 我々が子どもの時代にはそんな言葉聞いたこともなかったのに、急に最近になってテレビでも新聞でもよく見かけるようになりましたねぇ。そういう人たちが自分らしく暮らせる世の中になったというのは、いい社会になったんじゃないでしょうか」


俺の父さんもアルコールが入って調子のいいことを言っている。航平のお父さんが感心したように


「ほう。一ノ瀬さんは、LGBTに理解がおありのようですな。まだまだ我々の世代では偏見の多い人も多いように見受けられますが」


と言った。俺の母さんが嬉しそうに、


「いえ、そんな特別なことじゃありませんよ。そもそも、わたし達、オカマやホモと言われる人たちに対して偏見なんて一切ございませんの」


と答える。すると、航平のお母さんがさも嬉しそうにこう叫んだ。


「あらまぁ、良かったわぁ! ねぇ、航平! 良かったわね。あなたのようなゲイの男の子でも、一ノ瀬さんは温かく受け入れてくださるそうよ!」


俺は自分の両親が少しだけ凍り付いた表情を見せたのを見逃しはしなかった。だが、何も気が付かない航平の両親は、酒の力もあってか、どんどん際どい話を始める。航平のやつ、親にも自分が男が好きであることを言っているらしい。ドイツで出会ったあのヨハネスの話まで洗いざらい航平の過去を話し出した。


「もう、いい加減にしてよ。僕のこと、そんなに何でも話されたら恥ずかしいじゃん」


航平は顔を赤くして自分の両親を止めた。


「あら、どうして? これから一ノ瀬さん宅でお世話になるんだから、等身大の航平のこと、ちゃんと理解しておいていただいた方がいいでしょ?」


そんな航平のお母さんに、俺の両親は引きつった笑いを浮かべている。


「そ、そうなんですね。でも、素晴らしいですね。息子さんがゲイだなんて、お辛いこともあるでしょうに、こんなに明るい子に育てられて……」


と母さんがお世辞を捻り出す。すると、航平のお父さんは真面目な調子で、


「そんなことありませんよ」


と大声で話し出した。


「航平がゲイだから辛かったことなんて何一つありません。航平は大切な息子ですし、航平が男しか好きになれない男の子だからといって、私たちの愛情が薄れたことは一度もないんですから」


「それはご立派だ」


俺の父さんも必死に笑顔を作って航平の両親に合わせる。すると、すっかり気を良くした航平のお母さんが、


「でも、本当に良かったわぁ。こんなにご両親にも理解があるんだったら、紡くんも航平と恋人であること、ご両親にもちゃんとお話されているのよね?」


と言って再び豪快な笑い声を上げた。俺も俺の両親も完全に凍り付いてしまった。すると、その会話を聞いてか聞かずか、


「兄ちゃんだけじゃないよ。僕も男の子のことが好きなんだ」


と、海翔が爆弾発言をかましたために、家の中は更に凍り付き、まるで冬の北極のような空気が流れ始めた。


「まぁ、海翔くんまで!? あらぁ、可愛らしいわね! 好きな男の子はいるの?」


ノー天気な航平の両親は俺たち家族の凍り付いた様子を気にも留めず、海翔と話に高じ始めた。海翔や航平、そして航平の両親の楽し気な会話が何処か遠い場所から響いて来るような気がする。俺も、そして俺の両親もまるでお通夜のような状態でその晩は更けていった。

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