第9場 大盛況の特別公演
俺たちの特別公演の上演が始まった。コメディタッチな掛け合いに会場から笑い声が上がる。俺はローズレッドを演じながら、チラッと客席の様子を何度か窺った。海翔は最初こそすっかりしょげ返っていたが、芝居が進むに連れ、声を上げて笑い転げるようになった。俺はその様子に少しだけ安心した。取り敢えず、俺の芝居の力で海翔をもっと笑わせてやるか。俺は思いっきり、武器を振りかざして敵の怪人を演じる兼好さんに切りかかって行った。
「やられたぁ!」
兼好さんの大袈裟な断末魔が会場全体に響き渡り、会場の中が笑いの渦に包まれる。このままラスボス戦に突入だ。黒いマントを身に纏った部長と、俺たち四人のローズレンジャーたちは激しい戦闘を繰り広げる。だが、手強い敵のボスに追い詰められた俺たち。
「アッハッハッハ! 参ったか、忌々しいローズレンジャーども。その目でこの世界がわたしによって支配されるのを指を咥えて見ているがいい」
部長が邪悪な笑い声を上げる。
「参ったか、だって? まさか」
俺はよろよろと立ち上がった。他のローズレンジャーたちも俺に続く。
「俺たちは諦めない」
「この世界を守るために、お前を倒すまで僕たちは何度だって立ち上がる」
「悪の魔王。今度こそお前の最期だ!」
俺たちは力を結集し、技を放つ。
「愛の力を思い知れ! ローズスペシャルミラクルボンバー!」
俺たちが一斉に叫んで、武器の先からビームが発射される。
「この俺が、押されているだと? そんな、バカな……。おのれ、おのれー!」
部長は断末魔と共に、ドテッとその場に倒れ込んだ。さぁ、これで最後のシーンだ。満を持してヒロイン葉菜ちゃんの登場だ。
「く、くそ。ローズレンジャーめ……。この私が負けるとは」
悔しがる部長の元に葉菜ちゃんが駆け寄る。いきなりの美少女の登場に、会場に集まった中等部生たちの鼻息が荒くなるのがわかった。
「お、お前!」
「もう、あなたは世界を巻き込んで何をやってるのよ!」
葉菜ちゃんが台本通りに部長にビンタを食らわせる。だが、この時のビンタは今まで何度も見たビンタの中で特に強烈だった。バシーンという気持ちいいまでの音が会場全体に響き渡る。思わず涙目になった部長を、
「バカなことはもうやめて!」
と、葉菜ちゃんは抱き締めた。客席の中等部生共はすっかり鼻の下を伸ばし、だらしない顔をして葉菜ちゃんを見ている。どうせ、部長と代わりたいとか思っているんだろうな。スケベ男どもめ。
そんな葉菜ちゃんの活躍もあり、特別公演は大盛況の内に幕を閉じた。母さんは苦笑いをしながら、俺に
「あなたたち、ユニークな劇をしているのね」
と言った。いきなり息子の俺が男と抱き合っている芝居を見せられたら反応に困るよな。俺も苦笑いを返すしかない。
「ま、まあね。ちょっと俺たちの演劇部は変わってるんだ」
俺は冷や汗をかきながらアレコレ言い訳を考えていたが、母さんから返って来た反応は意外なものだった。
「でも、つーくん、とても楽しそうだったわよ」
「え?」
「中等部にいた頃より生き生きして見えた。いいじゃない。全国大会にも出るんでしょ? 頑張ってらっしゃい」
「いいの? 俺、あんな変な芝居やってるのに」
「別に? いいんじゃない? だって、変なお芝居っていっても、劇の中の話なんだし。つーくんが楽しく学校生活を送れているんだったら、それが一番じゃない」
「そ、そうなんだ。何か、ありがとう」
俺は何だか恥ずかしくなって頭を掻きながら照れ笑いをした。男同士のラブストーリーを見せつけられて、てっきり拒否反応を示されると思っていた俺はすっかり拍子抜けした。でも、確かに母さんの言う通り、俺は楽しく学校生活を送っているよ。その内、航平と付き合っていることも母さんに打ち明けたら受け入れて貰えるのだろうか。いや、でもまだ時期尚早だろうな。劇中の話とリアルな息子の話は別次元の話だもんな……。
と、その時、何やら部長と葉菜ちゃんが揉めている声が聞こえて来て、俺は慌てて駆けつけた。
「もう、いいです。立野部長の好きな人の話なんか聞きたくありません!」
「待ってくれよ。最後まで話を聞いて欲しいんだ」
葉菜ちゃんがカンカンに怒って帰ろうとするのを、部長が必死に追いすがっている。
「どうしたの?」
俺が航平に小声で尋ねると、
「部長、寄りにも寄って、葉菜ちゃんの前で自分の好きな人の話を聞いて欲しい、なんて相談を始めたんだ。本当に罪な男だよね、部長って」
あちゃー。これは俺にもわかるぞ、葉菜ちゃんが怒るのも無理はない。片想い中の人からされる恋愛相談ほど辛いものはないだろう。
「嫌です! もう、立野部長の顔も見たくありません!」
「いや、だから話を最後まで聞いて欲しいんだ」
「最後まで聞いてどうなるって言うんですか? わたしは立野部長が好きな人とどうやったら結ばれるかなんて聞かれたってわからないし、そんなこと自分で解決してください!」
「わかってる! だから、俺はこれからちゃんと好きな人に自分の気持ちを聞いて欲しいと思って皆月さんに話をしようと思ったんだ!」
「え?」
どういうことだ? 好きな人に気持ちを聞いて欲しい、だって? 葉菜ちゃんの前でそんなセリフを言うってことはもしや……。その時、俺の手をギュッと誰かが握る感触がして、俺が横を向くと、海翔が口を真一文字に結んで二人の様子を凝視している。俺も二人の方へ目線を戻した。
「俺は皆月葉菜さんのことが好きです。付き合ってください」
部長はそう言うと、葉菜ちゃんに手を差し出した。わっと皆からの歓声が上がる。俺も思わず「おーっ」と声を上げた。マジか。そういうことだったのか。
「そ、そんな……。た、立野部長がわたしのこと……」
「びっくりさせてごめんね。俺たちが百合丘学園の演劇部と親しく付き合うようになって、俺と皆月さんもどんどん互いを知るようになっていったよね。皆月さんの芝居に真摯に向き合う所とか、親友の桐嶋さん想いな所とか、本当に素敵な子だなと思っていたんだ。でも、俺、今まで恋愛なんてしたことなかったし、どうやって自分の想いを伝えたらいいのかわからなかった。でも、芝居で夫婦の役をやっているうちに、やっぱり好きな気持ちをちゃんと伝えなきゃいけないなと思って。だから、今日こそちゃんと伝えようと思っていたんだ」
葉菜ちゃんはポッと顔を赤らめた。
「そう……なんですね。いい……ですよ」
「え?」
「いいですよ。わたし、立野部長の彼女になっても」
「ほ、本当に?」
「もう、何度も言わせないでください! 恥ずかしいじゃないですか!」
葉菜ちゃんは顔を覆った。皆がわっと盛り上がる。
「ほら、キスしろよー!」
「ハグしてやれよ!」
などと野次が飛ぶ。それと同時に、俺の手を握る海翔の手の力が強くなった。
「痛いって、海翔!」
俺が海翔の手を思わず振りほどくと、海翔は憤慨した様子で二人の様子を眺めたまま、
「ふうん。葉菜ってやつ、気に入らないね」
と呟いた。
「おいおい。仕方ないだろ。部長は男は恋愛対象外なんだから。それに、葉菜ちゃんはお前より四つも年上なんだぞ? 呼び捨てにしたら悪いだろ」
「あっちの方がよっぽど
そう呟くと、海翔は俺たちに背中を向けた。
「僕が演劇部に入ったらあいつらを見返してやるんだから! 覚えとけってあいつに言っといて」
と言うなり、海翔は母さんの元に走って行った。見返すって言っても、どうするつもりなんだろうね、まだ子どもの癖に。四月に海翔が入学して来たら、部長とバチバチ火花を散らせるつもりなんだろうか。あの問題含みの希とかいう新入部員が入って来る可能性もあるしな。俺、新学期が始まるのが今から怖いです。
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