第8場 思惑の交錯する特別公演
葉菜ちゃんの部長への想い、イケメンな後輩・希の出現と何やらあらゆる方面の思惑が交錯し、俄かに忙しくなる中、俺たち演劇部の特別公演は本番を迎えた。寒い体育館に代わって、大教室を借り切って会場にする。三十分の小芝居を披露するには、大掛かりな緞帳もいらなければ、照明も使わない。西園寺さんが操作する教室のAVシステムで簡単なBGMや効果音が流れるだけだ。俺たちの芝居メインで勝負をかける。
時間になると、中等部の生徒たちがわらわらと集まって来た。今日は週末で学校は休みというだけあって、皆私服だ。その中にあの希は一際目立つ。私服もファッションモデルのようにオシャレで周囲の目を嫌でも惹き付ける。希は俺の顔を見ると、あの時のような不適な笑みを浮かべるのだった。航平はそんな希を警戒して俺をギュッと抱き寄せた。
一方、葉菜ちゃんは本番を前に、いまだ部長の自分への想いを確かめることが出来ずにいた。折角、二人で夫婦の役をすることとなったのに、このままでは何もしないまま公演が終わってしまう。だが、すっかり奥手になってしまった葉菜ちゃんは、もじもじしたまま部長との会話もままならない。
「そんなに悩んでいるなら、玉砕覚悟でいっちゃえば?」
航平が呆れたように葉菜ちゃんに提案した。
「無理だよ。紡くんは幼馴染だったし、気心も知れていたから気軽にいけたけど、部長さんはまだちゃんと話すようになって数か月しか経ってないもん。しかも、同じ学校じゃないから、殆ど会うこともなかったし」
「でも、このままじゃ、何も変わらないよ?」
「わかってるよ。わかってるけど……」
葉菜ちゃんは煮え切らない。
その時、俺がふと目線を客席の方に移すと、俺はギョッとした。客席に何故か海翔と母さんが座っていたのだ。何であの二人がここに? 俺は慌てて二人の元に駆け寄った。
「ちょっと二人とも、何でここにいるんだよ!」
「何でって、今日はかいくんの入試の日じゃない」
そうか。今日が聖暁学園中等部の入試だったのか。高等部にいると、中等部のスケジュールなど全然伝わって来ないからな。だが、それにしても、何故、中等部三年生に向けた特別公演があることをこの二人は知っているんだろう。俺が問い詰めると、母さんは
「だって、つーくんが所属している演劇部の顧問の天上先生から、よかったら入試の後にどうぞって言って貰ったのよ」
と答えた。
「え、俺たちの顧問の先生のこと、知ってるの?」
「知ってるも何も、かいくんが夏休みにお世話になったでしょ? だから、お礼を言いに行って来たのよ」
なるほど……。って、感心している場合じゃないぞ。俺がこれから演じるBL作品を寄りにも寄って母さんに観られるってことなのか? 流石に俺は親には航平との恋人関係を話してはいないぞ。いや、これはただの芝居だから、現実に俺たちが付き合っていることを母さんは気付くことはないだろう。だが、いくら芝居の中の話だからといっても、男同士で乳繰り合っているような芝居を母さんに見せることになるなんて、本当に大丈夫だろうか。
「ねぇ、兄ちゃん。燿平さんに会いに行ってもいい?」
海翔は目を輝かせて俺にせがんで来た。いや、ここで部長に海翔を会せたら、葉菜ちゃんとの兼ね合いで面倒なことになりそうだ。
「いや、今は開演前で忙しいから……」
「じゃあ、終わった後に会ってもいいよね?」
「そ、それは……」
「折角だから会わせてあげなさいよ。かいくんったら、すっかり演劇部の皆さんと仲良くなって、家でもずっとその話で持ち切りなのよ。特に部長さんがとても素敵な人なんですってね」
お喋りな海翔のやつ、母さんまで巻き込んでベラベラいらないことを話しやがって。もう、俺の頭の中はパンクしそうだ。もう、どうにでもなれ。俺は半ば自暴自棄になり、海翔を連れて部長に会わせに行った。
「燿平さーん!」
海翔は部長にそう叫ぶと、一目散に走り出し、ばっと飛びついて甘え始めた。
「おお! 海翔くんじゃん。どうしたの?」
「今日、聖暁学園の入試だったんだ」
「ああ、そうか。もう、そんな時期だったよな。お疲れ様」
「へへ。ありがとう」
「どうだ? 手応えはあったかな?」
「うん。大丈夫。しっかりやれたから、後は結果を待つだけ」
「そうか。頑張ったな」
部長は優しく海翔の頭を撫でている。そんな海翔を見て、葉菜ちゃんは複雑そうな表情を浮かべている。
「ねぇ、燿平さんは僕が聖暁学園に受かったら、僕と一緒に演劇部で少しは活動出来るんだよね? 高校三年生は春先で引退って聞いたけど」
「うん。でも、俺たち全国大会に出場が決まったから、夏休みまで活動を延長することになったんだ」
「本当に? やったぁ! 燿平さん、大好き!」
海翔は部長の胸に顔を埋めて顔を擦り付けた。
「ね、ねぇ、海翔くん?」
居ても立っても居られなくなったのか、とうとう葉菜ちゃんが海翔に声を掛けた。海翔は振り返ると、海翔が小さい時から俺が幼馴染である故に面識のあった葉菜ちゃんと思わぬ場所で再会したことに驚いたのか、目を丸くした。
「あれ? 兄ちゃんの友達の葉菜ちゃんだよね? 何でここにいるの? ここ、男子校だったよね?」
「うん。でも、今日の公演の助っ人として呼ばれたの。わたし、今百合丘学園に通ってるんだけど、百合丘の演劇部と聖暁の演劇部は交流があるんだ」
「ふうん。そうなんだ。あ、そうそう。僕ね、決めたんだ。僕ね、将来は燿平さんのこと、僕の恋人にするって」
「え……」
葉菜ちゃんの表情が凍り付いた。一方の部長はノー天気に笑い声を上げた。
「あはは、海翔くんの恋人は良かったなぁ」
「僕、真面目だよ?」
海翔は真剣な表情でそんな部長を見上げた。
「ごめんごめん。気持ちは嬉しいよ。でも、流石に小学生の海翔くんを恋人には出来ないかな」
「えー? いいじゃん! 四月になったら、僕はもう中学生だよ?」
「君が中学生になったら、俺だって高校三年生になるんだ。中学生にはちょっと手は出せないかな」
「じゃあさ、じゃあさ。僕が高校生になったらどうする? それがだめなら、僕が高校卒業して大学生になったらどう?」
「ごめん。海翔くんのその気持ちは嬉しいんだけどね。俺にはもう好きな人がいるんだ」
俺たちはその部長のセリフを聞いてざわめいた。部長に好きな人がいただって? 今まで一度もそんな話聞いたことなどなかったのだが。一体、部長が好きな人って誰なんだろう? 皆目見当もつかない。葉菜ちゃんはあまりのショックに茫然として立ち尽くしている。海翔は涙を目に一杯溜めて、
「ダメなの?」
と涙声で部長に尋ねた。
「ごめんね、海翔くん」
部長は申し訳なさそうにそう言うと、海翔の頭を優しく撫でた。だが、明らかに傷ついた顔をした海翔はクルリと部長に背を向けると、一目散に走って行ってしまった。
あーあ。やっちゃった。部長が男に興味がないということを知ってから、いつかはこうなることはわかっていた。だが、いざ振られ、傷ついた海翔の背中を見るに、俺はほんの少し弟が可哀想になって来る。仕方がない。いつもは面倒臭くて放ったらかしにしている海翔だが、春休みに家に帰ったら、暫く遊び相手にでもなってやるか。
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