第7場 真のイケメン

 特別公演の本番が近付いて来た。今回の公演は中等部三年生に向けて上演するものだから、中等部まで宣伝にいかなくてはならない。チラシでも作って配布してみるか、ということになり、チラシのデザインの構想を練っていると、美琴ちゃんが久しぶりに俺たちの元に顔を出した。


「大分、稽古は進んだかしら?」


「はい。バッチリです」


西園寺さんは美琴ちゃんの質問に胸を張って答えた。


「今は中等部三年生の子たちに配るチラシを作っています」


と西園寺さんが言うなり、美琴ちゃんはフフンと得意気に笑った。


「その必要はないわ。もう、大体わたしの方で招待する子たちは厳選しておいたから」


「え?」


「西園寺が演出の仕事を全部引き受けてくれて助かったわ。わたし、その間に中等部に偵察に行っていたのよ。将来有望な新入部員候補はいないかどうか」


「どうだったんですか? 誰か有望な子は見つかったんですか?」


「見つかったわよ! 候補生を十人厳選して、その子たちには特別公演に来ることを確約して貰ったの」


 何という美琴ちゃんの仕事の早さだろう! 俺たちのあずかり知らぬところでそんな暗躍をしていたとは。というか、美琴ちゃんが目をつけた子たちってことは、もしかして、その子たちもリアルBL男子候補ってことになるのかな? 十人もリアルBL男子が集まる特別公演はどんなことになってしまうんだろう。俺は楽しみなような恐ろしいような気がする。


「それでも、取り敢えず、出来るだけたくさんの子に観て貰いたいし、折角作り出した所なので、チラシは配ろうと思います」


と西園寺さんが提案する。


「いいわよ。どんどんBLの素晴らしさを聖暁学園の生徒たち皆に広めなくちゃね!」


「はい!」


俺たちは揃って美琴ちゃんに返事をした。




 チラシを完成させ、いざ、中等部へと出陣だ。一年前まで学んでいた校舎なのに、もう何年も前のような気がして来る。通っている生徒たちも、一年前まで俺の後輩だったのだ。とはいえ、同じ特進クラスのクラスメート以外との関わりのなかった俺に、仲良くしていた後輩など皆無なのだが。


 三年生の各教室を回ってチラシを配る。三クラス目まで来た時、俺は教室の真ん中に一際明るい陽キャな男を見つけた。まさにクラスの中心的存在といった感じで、クラスメートたちに囲まれている。そういえば、こいつは俺が中等部三年生だった頃から有名だった。名前は新堂しんどうのぞむ。テニス部のエースらしく、学校内でもその輝かしい成績で名前を轟かせていた。180センチ近い身長にスリムながら筋肉質で無駄な脂肪の一切ない身体。何より甘いマスクに爽やかな雰囲気を纏い、と形容される俺とは真逆の、これぞ真のイケメンだ。


 こんなやつは演劇部など興味すら抱かないんだろうな。俺はそう思いながら、彼にチラシを差し出した。


「演劇部です。今度、中等部の皆さんを招待して特別公演をやるので、よかったら来てください」


希にチラシを手渡すと、俺はそのままその教室を後にしようとした。だが、


「一ノ瀬先輩ですよね?」


と希に声を掛けられ、俺は驚いて振り返った。何故、一度も会話すらしたことのない俺の名前を知っているんだ? 寮のフロアだって違ったし、殆ど接点のなかった希なのに。だが、そんなポカンと立ち尽くす俺に希は近づいて来ると、俺の手をいきなりつかみ、俺を引っ張って空き教室まで強引に連れて行った。そして、俺を乱暴に床へ投げ出すと、倒れ込んだ俺の上に馬乗りになった。


「ちょ、ちょっと、一体何を……」


希は俺に質問をする余裕を与えはしなかった。そのまま、俺の唇をいきなり奪って来たのだ。俺は一瞬、何が起きているのか理解出来なかった。だが、希の舌が俺の舌に絡みついた時、俺ははっとして、希を押しのけた。


「やめろよ! いきなり何するんだ!」


だが、慌てる俺とは対照的に、希は極めて冷静沈着な様子で不敵な笑みをその顔に浮かべた。


「ねぇ、一ノ瀬先輩。先輩って男と付き合ってるんですよね?」


「な、何、いきなり?」


「俺、知ってるんですよ? 高等部の演劇部の部員が殆ど皆、リアルBL男子だってこと」


「え?」


「どうでした? 俺とキスしてみて興奮した?」


「はぁ? 興奮なんかする訳……ああんっ!」


俺の股間を希がいきなり握り、俺は思わず喘ぎ声を上げてしまった。


「あはは、素直な反応するんですね、一ノ瀬先輩って。俺、天上先生に演劇部に入部しないかって誘われているんです」


「は? 美琴ちゃんに? 何で君が? だって、君はテニス部に入るんじゃないのか?」


「そうですね。だから、まだ答えは保留にさせて貰ってるんです。でも、もし俺が演劇部に入ったら、俺、一ノ瀬先輩を食っちゃうかも……。注意しといてくださいね」


希はそう言って俺に笑いかけた。だが、その目の奥は笑っていなかった。鋭い眼光が俺を貫くのがわかった。その時、教室のドアがガラリと開いて、航平が急いで飛び込んで来た。


「ダメー!」


航平は希を押しのけると、俺を抱き寄せた。


「君、紡に何をしたの?」


航平が希を睨み付ける。希はあははと笑い声を上げると立ち上がった。


「別に何もしてませんよ。ちょっと一ノ瀬先輩の可愛い唇にキスをしてあげただけです。じゃあ!」


と言うと、希は余裕な表情を浮かべながら教室を出て行った。


「き、キス? 紡! まさか、あいつに……」


航平は俺の肩をつかんでゆさゆさと揺さぶった。


「大丈夫だよ! 俺はあいつに心変わりなんかしてないから」


「じゃあ、何であいつとこんな所で抱き合っているんだよ!」


「知らねえよ! 俺がチラシを配ったら、いきなり俺をこの部屋に連行してキスして来たんだ。演劇部に入るかもしれない、とか言ってさ」


「はぁ? 絶対有り得ないんだけど!」


航平は怒りのままに、俺を押し倒し、乱暴に俺の唇を奪った。俺と絡ませる舌の圧がいつもの倍は強い。これは何やら大変な事態になりそうだ。俺はそんな予感がして恐れおののいた。

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