第6場 部長は罪な男

 俺と葉菜ちゃんは並んで歩きながらも、暫く一言も言葉を交わさなかった。葉菜ちゃんが俺と二人で話したいというから、こうやって葉菜ちゃんが百合丘学園まで戻る道すがら、一緒に歩いてあげているんだけどな……。俺がどんな話なのか聞こうとすると、決まって葉菜ちゃんは顔を背けてしまう。俺がほとほと困り果てていると、後ろから走って近付いて来る足音と共に、


「つむぐー!」


という航平の呼ぶ声がして来た。振り返ると、航平が俺たちを追いかけて全速力で走って来るのが見えた。目ざといやつだな。嫉妬深いやつは、俺と葉菜ちゃんが二人で百合丘へ向かって歩き出したことに勘付いたらしい。もう葉菜ちゃんとはただの幼馴染に戻ったということは了解済みだろうに、まだ嫉妬心を募らせていたのかよ。


「もう、紡ったら、勝手に葉菜ちゃんと二人切りにならないでよね!」


航平は息を切らせながらも、膨れっ面で文句を垂れた。


「仕方ないだろ。葉菜ちゃんが俺と話があるって言うんだから。今日はお前は先に寮に戻ってろ。俺と葉菜ちゃんで話をすることになっているんだから」


「えー? 紡と二人で話をするって、余計にどんな用事なのか気になっちゃうじゃん。まさか、葉菜ちゃん、紡のことまだ……」


「そんな訳ないでしょ! もう、わたしが紡くんのことを好きだったのは過去の話だから」


航平にあらぬ疑いを掛けられた葉菜ちゃんはそう叫んで否定した。


「じゃあ、紡と二人切りじゃないと話せない話題って何? もしかして、部長のこと?」


航平がそう尋ねた途端、葉菜ちゃんは真っ赤になって俯いた。


「そうなの?」


俺の問いに葉菜ちゃんは渋々といった様子で頷いた。


「……もう、何で航平くんが来るのよ。絶対、わたしの話聞いたら、部長さんに言い触らすでしょ」


葉菜ちゃんは航平を睨みながら恨み言を言った。


「失礼だなぁ。僕、そんなに口軽くないよ」


航平は口を尖らせて反論する。いや、お前は十分口が軽いぞ。俺との恋人関係だって、俺の口止めを破って夏の合宿で県内の高校演劇部員全員の前で暴露したくらいだからな。葉菜ちゃんが警戒するのも当然だ。


「ははーん。わかった。部長のこと好きだって、とうとう白状する気になったとか?」


航平が悪戯っぽく葉菜ちゃんに問いかける。


「何で航平くんはわたしを部長さんとそんなにくっつけたがるのよ?」


「違うの?」


「……まぁ、半分正解で半分外れだけど……」


何だよ。やっぱり部長のこと好きだったんじゃないか。俺でもわかるくらい、葉菜ちゃんが部長を意識しているのは駄々洩れだったけどさ。興味津々の航平は葉菜ちゃんへの尋問を開始した。航平の押しの強さに葉菜ちゃんもタジタジだ。


「半分外れってどういうこと?」


「部長さんの気持ちがわからないの」


「というと?」


「もう、あなたに全部話さないといけなくなるじゃない!」


「だって気になるんだもん。それに、紡に相談持ち掛けたんだったら、どうせ紡から僕に相談いくんだしさ。全部ここで吐きだしちゃった方がいいよ。紡に相談した所で、人の恋愛感情にとことん鈍感な紡が一人で解決出来る訳ないんだからね。結局僕に泣きついて来るのは目に見えてるでしょ」


航平のやつ、黙っていれば調子に乗りやがって。俺は航平の頬をつねり上げた。


「生意気だぞ、航平。俺だって恋愛相談の一つや二つくらい解決するなんて造作もないことだ。だよね、葉菜ちゃん?」


だが、葉菜ちゃんは苦笑いしながら、


「確かに航平くんの言う通りかも」


などと言い出す。


「葉菜ちゃんまで!」


「ごめんね、紡くん。でも、確かにこういう話なら航平くんの方が頼りになりそう」


葉菜ちゃん、それはないだろ。折角俺は葉菜ちゃんの相談に乗るために、百合丘学園までの道のりを一緒に帰ってあげることにしたのに。俺はすっかりいじけてしまった。しかし、葉菜ちゃんはそんな俺のことなど放ったまま、こんな話をした。


「わたし、二人も知っている通り、立野部長には何度もお世話になったでしょ? 莉奈との関係がこじれて、お芝居にも行き詰っていた時に、立野部長が親身になってわたしたちに手を差し伸べてくれた。


 でもね、それだけじゃなくて、あの人と一緒にいるととても楽しいんだ。皆に対する気遣いもあって笑わせてくれて、そんな部長さんのことを尊敬しているの。実は中部大会の時も本番の前日にガチガチに緊張していたわたしを部長さんはご飯に誘ってくれて、いろいろ話したの。部長さんにその時感じていた緊張や不安をぶつけたら、ふっと気持ちが軽くなった。他校の生徒でライバルでもあるのに、こんなに力になってくれる人、珍しいと思わない?


 わたしはだんだん立野部長を意識するようになっていった。クリスマスイブのディナーで隣同士になった時、わたしは自分が部長さんを好きになっていることに気が付いたの。だって、そばにいるだけで胸がドキドキするんだもん。


 でも、わたし、気付いちゃったんだよね。部長さんはいつでも誰にでも優しいんだって。クリスマスイブのディナーの時だって、莉奈のためにサラダをよそってあげたり、今回の特別公演の稽古での様子を見ていても、聖暁の部員の皆に対して平等に優しいし。わたしに優しくしてくれたのも、別にあの人はわたしを特別扱いしてくれた訳じゃないんだなって。結局、わたしの片想いなのかもしれないって思っちゃうの」


「なるほど。確かに部長はそういう所あるよね。罪な男だよね、本当」


葉菜ちゃんの話をじっと聞いていた航平がそんな感想を述べた。「罪な男」という仰々しい一言に俺は思わず吹き出してしまった。


だって! なーにカッコつけてるんだよ、航平」


「紡も罪な男だよね。自覚はないけど」


「え? 俺がいつ罪な男になった?」


「ほら、自覚がない所が余計に質が悪い。僕と付き合っておきながら、葉菜ちゃんや他校の演劇部の女の子たちにも色気を振り撒いて誘惑したでしょ? それに、前のルームメイトの奏多くんにまで思わせぶりな態度取ってさ」


「お、俺は別にそんなつもりじゃ……」


「そんなつもりじゃないから、余計になの! ね、葉菜ちゃんもそう思うでしょ?」


葉菜ちゃんは苦笑しながら航平に同意した。


「うん。そう思う」


「葉菜ちゃんまで!」


「だって、わたしが紡くんのこと好きだった時、ノー天気にわたしの前で航平くんと付き合ってるって悪気なく言って来るし、莉奈の相談にも親身になっちゃって、ほいほいついて行くしさ」


「……ごめん」


「もういいよ。済んだことだし。鈍感な紡くんっ」


航平と葉菜ちゃんはすっかり意気投合して俺の悪口に興じている。何だって俺がにされなきゃいけないんだよ。確かに俺は葉菜ちゃんのことを傷つけたし、航平と付き合っていながら奏多に浮気心をちょっぴり抱いたこともあったけどさ……。これでもちょっとは反省してるんだよ、俺。


「でもさ、部長ってある意味真っ白な状態だと思うから、あの鈍感な部長を振り向かせるためにはこっちからいくしかないと思うよ」


と航平が言った。


「真っ白って?」


「部長、彼女いない歴年齢だと思うし。好きな人がいた形跡もないし素振りすら見せたことないんだもん。待っていても、あの人、ずっとボウッとしていて気が付かないと思う」


「それは……そうかも。でも、自分からいくの、ハードル高いなぁ」


「紡の時はあんなに積極的だったのに?」


「だって、紡くんに積極的にいって失敗したじゃない」


「確かに」


航平と葉菜ちゃんの視線が俺に突き刺さる。今日の俺は針のむしろだ。どうして俺がこんなに肩身の狭い思いをしないといけないんだろうな! 俺は葉菜ちゃんの相談に乗ってあげただけなのに。

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