第5場 助っ人は百合丘から拝借します
他の演劇部員たちと合流すると、俺たちは西園寺さんにこっぴどく叱られた。西園寺さんは演出を任されてから、部長に変わって演劇部の実質的なリーダーになっているのだ。
「玩具売り場に遊びに来た訳じゃないんだけど! 二人でふらふら勝手に遊びに行っちゃうから、ずっと探してたんだよ!」
そう言いかけて、西園寺さんは葉菜ちゃんが俺たちと一緒にいることに気が付いた。
「あれ? 君は百合丘の……」
「皆月葉菜です」
葉菜ちゃんは改めて自己紹介して頭を下げる。部長はニコニコしながら葉菜ちゃんに片手を上げて「よっ!」と挨拶した。葉菜ちゃんはそんな部長に対して照れ臭そうに顔を赤らめた。そんな二人の様子を観察していた西園寺さんは、手をポンッと叩くと、嬉しそうに飛び上がって喜んだ。
「やっと解決したよ! ずっと悩んでいたこと」
「え? 何のこと?」
部長が怪訝な顔で尋ねると、西園寺さんは満面の笑みで
「部長の悪役として足りなかった何か」
と答えた。俺たちも葉菜ちゃんの登場が何故部長の悪の首領役と結び付くのかがわからず、ポカンとしている。だが、西園寺さんはそんな俺たちに構うことなく葉菜ちゃんの方に歩いて行くと、
「ねぇ、今度僕たち、上演時間三十分の短い小芝居をやるんだ。それに出演して貰うことって出来ないかな?」
と、突拍子もないことを言い出した。
「ちょっと待てよ。皆月さんは俺たちの学校の生徒じゃないし、皆月さんには皆月さんの予定もあるだろうし。大体、稽古だって、毎回聖暁まで来てもらうのか? 百合丘の演劇部にも許可を得ないと、勝手なことしたら不味いだろ」
部長のツッコミも無視して、西園寺さんは瞳をキラキラと輝かせながら葉菜ちゃんの手を取った。
「どうかな? チョイ役で出演時間五分もないんだけど。稽古の時間は殆ど取らせないから」
「え、ええ?」
流石にこの急展開には葉菜ちゃんも戸惑っている。
「実は僕たちの今度やる舞台、コメディーなんだ。百合丘は大会でコメディーなGLを演ったでしょ? 僕は主役だった君の演技を見て思ったんだ。コメディーを僕たちが演ることになった時に、きっと助けになってくれるんじゃないかって。君は女優としての華もあるし、チョイ役で出るだけでも芝居がキュッと締まると思うんだ。何とか僕たちの芝居を手助けしてくれないかな? この芝居は、新入部員獲得のための大切な公演で上演する作品なんだ。だから、失敗は許されないんだよ」
西園寺さんの鼻息はいつになく荒い。葉菜ちゃんは相変わらず戸惑った顔をしていたが、チラッと部長の方を見ると、コクリと頷いた。
「わかりました。そんなに頻繁には稽古に出れないと思いますけど、そんなにわたしが力になれるというのなら、やっってみます」
「え、本当にいいのか? 無理しなくてもいいんだよ?」
と心配する俺に、葉菜ちゃんは首を横に振った。
「ううん。何だか面白そうな企画だし、男子校に一人で潜入するってちょっとワクワクするじゃない?」
葉菜ちゃんって、思ったより案外お転婆な性格をしているらしい。一方の俺は、百合丘に一人潜入した時に酷い目に遭ってからは、二度と女子高に一人で行く勇気はない。
それから数日後、西園寺さんは書き換えた台本を俺たち演劇部員と葉菜ちゃんに配った。部長演じる敵のボスの裏設定が追加されている。敵の首領は、葉菜ちゃん演じる愛する妻から見捨てられ、自暴自棄になって世界を滅ぼそうと企むようになった哀れな一人の男、という設定だ。ローズレンジャーとの最終決戦で敗れた敵の首領は、失意と絶望に打ちひしがれるが、そこに葉菜ちゃんが現われ、
「もう、あなたは世界を巻き込んで何をやってるのよ!」
と愛のビンタを食らわせる。妻との愛を取り戻した彼は改心する、というエンディングだ。
「え、わたしが立野部長をぶつんですか?」
葉菜ちゃんは心配そうな表情で部長と西園寺さんを見比べた。
「そうだよ。思いっきりバッシーンと叩いてやって!」
と西園寺さんはさも思い切り部長をビンタするのが当然かのように言ってのける。
「あはは……。俺なら大丈夫だよ。気にせずビンタしてくれて」
部長は苦笑いしている。
だが、いざ稽古をやってみると、買い出しの時に見せた葉菜ちゃんの遠慮はどこ吹く風。気持ちいい音をパシーンと立てて、部長の頬を何度も叩いた。部長のぶたれた方の頬は次第に赤くなっていく。ところが、思い切り叩いておきながら、このシーンが終わる度に葉菜ちゃんは部長に駆け寄って心配そうに声をかけるのだった。
「大丈夫ですか?」
部長はひきつった笑いを浮かべながらも、
「あ、ああ。大丈夫」
と葉菜ちゃんに答えて寄り添っている。何度も稽古を繰り返していくと、だんだん二人が本物の夫婦かのように見えて来る。葉菜ちゃんの繰り出す強烈なビンタも、本当に愛のビンタのようだ。でも、二人は本当には付き合っていないんだよな。部長も葉菜ちゃんのことを「皆月さん」呼びのままだし。
しかし、葉菜ちゃんが俺たちに合流してから、俺たちの芝居は確実に変わった。一年近く主役としてコメディーを演じ続け、中部大会まで進出した葉菜ちゃんは伊達じゃない。葉菜ちゃんのアドバイスによって、俺たちの芝居はどんどん活き活きとしたコメディーへと変化していった。鬼コーチの西園寺さんも満足気な様子で、最近は殆ど厳しいダメ出しも出て来ない。
「正義の味方側は全員カップル成立しているのに、敵側が独りぼっちって何かバランスが悪いと思ったんだよね。それに、ただ敵の親玉が倒されて終わりじゃ、味気ないじゃん? そもそもこの作品はパロディーだから、敵の地球侵略の理由もしょうもない理由にしたかった所だったんだ。丁度いい助っ人が見つかったよなぁ」
西園寺さんは満足することしきりだ。作品のクオリティーが上がり、鬼コーチがすっかり丸くなり、俺たちは何重もの意味で葉菜ちゃんに感謝してもし切れなかった。
そんなある時、稽古終わりに葉菜ちゃんが俺をそっと呼び出した。
「ねぇ、紡くん。ちょっといいかな?」
「何?」
「二人だけで話せる場所、ない?」
「二人切りで話せる場所? そうだなぁ。じゃあ、俺、途中まで送るよ。帰り道に話を聞くからさ」
「ありがとう」
流石に百合丘学園まで乗り込むのはもうしたくないが、途中までなら何とか、ね。俺たちは並んで校門を出て歩き出した。
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