第4場 玩具売り場で戯れる高校生
「何かが足りない……」
西園寺さんがブツブツそんなことを呟きながら行ったり来たりしている。『801戦隊ローズレンジャー』の稽古が始まって早二週間。俺たちは全員セリフも入り、だいぶ芝居もこなれて来たと思っていたのだが。また何かを言われて怒られるのではないかと俺たちは戦々恐々としながら西園寺さんを目で追っている。と、西園寺さんはふと立ち止まると、部長に目を向けた。
「ねぇ、部長」
「は、はい!」
部長の全身に緊張が走る。こんな緊張した部長を見るのは初めてだ。西園寺さん、部長に対しても一切手加減しないからなぁ。ついでに兼好さんも恋人としての依怙贔屓は皆無だ。全員が全員、厳しいダメ出しの連続に、西園寺さんを恐れてビクビクしている。
「何か敵の親玉に足りないんだよね」
「そ、そうですか? えっと、俺の何が足りないんでしょう?」
同級生にも関わらず、部長は西園寺さんに対して完全に敬語になっている。
「それが僕自身もよくわからないから困っているんだよね」
西園寺さんは腕組みをして「うーん」と唸っている。俺から見れば、部長はちょっと間抜けな悪の親玉そのものなのだが、そんな部長の芝居にもまだ不満があるのだろうか。部長がダメなら俺なんかもっと怒られそうなものだが、西園寺さんは今日、俺の芝居について何一つ言及していない。何やら部長の悪役に対してどうしても納得出来ない部分があるらしい。
しばらく眉間に皺を寄せて悶々と考えていた西園寺さんだが、とうとう
「今日はもう稽古終了」
と言って投げ出してしまった。
「これから、この作品で使う小道具や衣装を買いに行こう」
西園寺さんはそう言うと、荷物を纏めてさっさと出て行ってしまった。俺たちはホッと胸を撫で下ろす。よかった。これで今日は芝居の稽古がないから、西園寺さんからのスパルタ指導を受けなくて済む。俺たちは緊張感がすっかり解けて、わいわいお喋りに高じながら西園寺さんを追って学校を後にした。
高校生の俺たちは揃って子ども向けの玩具売り場にずかずか我が物顔で乗り込むと、スーパー戦隊のお面や武器の玩具を購入する。航平は玩具の刀を見つけるや、俺に向かって、
「おのれ、紡め! 覚悟じゃ。とりゃー!」
と切りかかって来た。やっぱり航平は玩具売り場に連れてくれば、こういうこと始めるよな。想像通りの反応に思わず笑みが零れる。俺は大袈裟に胸を抑えながら
「やられたぁ!」
と
「参ったか!」
航平はそんな倒れた俺を見て喜色満面だ。その時、
「あれ? 紡くんと航平くん?」
と俺たちは誰かに声を掛けられた。見ると、葉菜ちゃんが俺たちに向かって手を振るとこちらへ歩いて来た。航平と玩具売り場の売り物で遊んでいる恥ずかしい場面を、まさかの幼馴染の女の子に見られた俺は、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうになった。
「二人共、こんな所で何してるの?」
「演劇部の皆で小道具の買い出しに来てるんだ。今度、中等部の子たちを招いて特別公演を開くの。新入部員のスカウトも兼ねてるんだ。葉菜ちゃんは?」
航平は平気な顔をして葉菜ちゃんの問いに答えた。子ども用の玩具で遊んでいる所を見られたにも関わらず、ちっとも恥ずかしいとは思っていないらしい。
「そうかぁ。もうすぐ新入生が入って来る時期だもんね。中高一貫校だと、四月から高校に入学して来る子たちの顔ぶれがもうわかってるから勧誘も早めに出来るって訳ね。わたしは今日は部活が休みだから、映画観に来たの。このショッピングモールの最上階、映画館になっているでしょ? たまには映画でも観てお芝居の感性を磨こうかなって」
「へぇ。勉強熱心じゃん」
「あはは、ありがとう。でも、あまりお店の商品で遊んだりしない方がいいと思うよ。それに、このお店は幼稚園児や小学生向けの玩具屋さんなんだし、二人はもう高校生なんだからちょっとは自重しないと」
「てへへ。ごめんなさーい」
航平は調子良く謝りながら、玩具の刀を元あった売り場に戻した。辺りを見回すと、小さな子連れの家族が俺たちをジロジロ見ていることに初めて気が付いた。
「と、取り敢えず、ここは先輩たちと合流しようよ。このまま俺たちだけで好き勝手していたら、置いて行かれちゃうよ」
俺はそう航平と葉菜ちゃんを引っ張って、そそくさと玩具売り場を逃げ出した。
「先輩も一緒ってことは、部長さんも一緒なの?」
俺と一緒に歩きながら葉菜ちゃんが尋ねた。
「うん。一緒だよ」
「そう……なんだね」
俺はクリスマスイブのディナーの席で、部長と葉菜ちゃんが仲良く肩を寄せ合っていたのを思い出した。
「そういえば、葉菜ちゃんって部長と付き合ってるの?」
俺が単刀直入にそう尋ねると、葉菜ちゃんは顔を真っ赤にして首を横に振った。
「まさか! 何でそんなこと言い出すの?」
「いや、だってクリスマスイブに皆で夕飯を顧問の先生たちに奢って貰った時、二人で仲よさそうにしていたし」
「あれは……たまたま二人で隣同士になったから話していただけで……」
何だ。クリスマスイブの時は本物のカップル同然に見えたけど、俺の思い過ごしか。だが、航平はニヤニヤしながら葉菜ちゃんの顔を覗き込んだ。どうやら、葉菜ちゃんの言葉を信用してはいないらしい。
「へぇ。じゃあ、葉菜ちゃんは部長のことどう思っているの?」
と探りを入れる。
「どうって……。いい人だと思うけど……」
「けど?」
葉菜ちゃんは答えにくそうに航平から目を逸らせ、航平の問いには答えなかった。
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