第3場 コメディーは難しい

 西園寺さんが書き下ろした『801戦隊ローズレンジャー』の稽古が始まった。俺の演じるローズレッドは、航平だけでなく、奏多とのラブシーンがあるということに戦々恐々としていた。もう二度と奏多に浮気心など持たないと心に決めた俺だったが、作中とはいえ、奏多と愛し合うシーンを演じるとなると、嫌でも意識してしまう。しかし、出来上がった台本を読んでみると全体的に軽いタッチで描かれた作品で、キスシーンもない。精々ハグ程度の愛情表現しかないことに俺はホッと胸を撫で下ろした。


 稽古を始める前に

 

「今回の特別公演の演出は俺に一任して貰えますか」


と、西園寺さんは美琴ちゃんに願い出た。西園寺さんはこの台本を演るのに気合十分らしい。美琴ちゃんはそんな西園寺さんに嬉しそうに


「オーケー。わたしはたまに見に来る程度にするね」


と言うと、演技指導を全て西園寺さんに一任した。


「よーし、じゃあ始めるよ!」


西園寺さんは腕まくりをして部員たちに呼び掛けた。


 だが、特別公演にして、上演時間三十分程度の小さな作品とはいえ、『801戦隊ローズレンジャー』はなかなかの難敵だ。それもそのはず。この作品は『再会』とは異なり、完全にコメディーに振り切っている。『再会』がシリアス展開が基調だった分、コメディーを演じるのは俺にとって初めての挑戦だ。演じることが憚られる程、恥ずかしいシーンもあれば、演じている俺たちが笑ってしまいそうになるセリフを大真面目に言わなければならない場面もある。


 いざ立稽古が始まると、西園寺さんは美琴ちゃん以上の鬼コーチと化した。


「コメディーだからって、演じる方がふざけてやったらお客さんは白けるだけだからね」


「笑わせようと思って芝居しないで! 役の気持ちを考えてみようよ。役の人物は別に誰かを笑わせようとして面白い行動をしている訳じゃない。本人は真面目にやっている行動が観客にとって笑えるんだ。だから、大真面目にやって欲しい」


「コメディーだからってテンポを速くすればいいってものじゃないよ。どんどんセリフが先走って、役同士のコミュニケーションが成立していないよ」


西園寺さんのダメ出しが矢継ぎ早に飛んで来る。更には、


「つむつむ、顔が二枚目だからって透かした芝居しないで! 自分が三枚目だと思って演るんだよ!」


とまで言われて怒られる。俺、そんなに透かしてるのかな。顔を鼻にかけて澄ましてるなんて、完全に嫌なやつじゃん……。


「つむつむは今回の役ではもっと素の自分を出していいよ。感を全面に出して欲しい。無理に演じようとする必要はないから。逆に嘘くさく見えちゃうんだよね」


と西園寺さんは続けて俺に指示した。か。もういい加減、俺は卒業したものだと思っていたのだが、俺の素の姿は相変わらずから変わってはいないらしい。俺はな人間でいたつもりなど一度もないのだが。


 そんな怒られる俺をクスクス笑っていた航平だが、今度は西園寺さんが恐ろしい顔を航平に向ける。


「こうちゃんはあざとい! いかにもこうやって演じれば観客が笑うだろうって、あまりにも計算高くて逆に白ける。ローズピンクは確かにちょっとあざとい男の子だけど、コテコテにあざとくすると胸やけしちゃうんだよね。こうちゃんの場合、普通にしているだけでも十分あざといから、これ以上あざとくなる必要なし!」


西園寺さんは何回航平に「あざとい」と言うのだろう。俺は思わず吹き出しそうになるのを必死に堪える。確かに、西園寺さんの指摘は言えてる。航平のやつ、とことんあざといんだよな。普段も芝居の中でも。航平は慌てた様子で反論しようと口を開いた。


「ぼ、僕はあざとくなんか……」


「あざといでしょ!」


西園寺さんの一睨みで、あんなにいつも自由奔放で俺の話など聞いちゃいない航平までもが黙ってしまった。泣く子も黙る何とやらだ。


 俺たちはその後も何度も厳しい演技指導を受けながら、ハードな稽古を続けた。コメディーを演じている癖に、何故か全員泣きそうになって稽古を終えるのだった。何だか、三十分の短い芝居の癖に、『再会』よりも頭も身体も使った気がする。三十分間頭の中はフル回転だ。毎回稽古が終わるごとに俺たちは全員ゲッソリ疲れ果てて伸びていた。西園寺さんの指導がこんなにキツイなんて……。いつものあの優男風な西園寺さんは何処に行ってしまったのだろう。


「はぁ。演出ってこんなに楽しいんだね。演出プラン考えるのも、皆に指導して僕の思い通りに皆が動くのも、気持ちいいんだよなぁ」


そんなことを喜び一杯に呟く西園寺さんに俺たちは恐れおののいた。いつになく生き生きしている西園寺さんを見るのが、最近はちょっとした恐怖だ。


「西園寺さんって、あんなにドエスキャラだったんですか?」


俺が兼好さんにそれとなく聞くと、兼好さんは首をブンブン横に振った。


「俺もまさかだよ。俺と寝る時はいつもにゃんにゃん甘えて来るのに」


そのにゃんにゃんしている西園寺さんの姿は、それはそれでまた普段のイメージからはかけ離れていて想像出来ないのだが……。でも、これからは西園寺さんに厳しく叱られたら、にゃんにゃん甘えている西園寺さんを頭の中にイメージして耐え忍ぶことにしよう。

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