第2場 801戦隊ローズレンジャー

 西園寺さんが台本を完成させるまでの間、俺たちは基礎錬に励みながらも何処かそわそわしていた。その理由は明白だ。皆、西園寺さんが書いているオリジナル脚本が気になって仕方ないのだ。


 それにしても、西園寺さんが書く物語はどんなストーリーなんだろう? 西園寺さん、夏休みの合宿でも話してくれたけど、古典文学にも造詣が深いし、もしかして『源氏物語』とかかな? 『源氏物語』のヒロインたちが全員男になったバージョンとか? そういえば、『源氏物語』ってどんなストーリーだったっけ? 古典の授業で少し読んだだけだから、よくわからないんだよな。


 想像だけがどんどん膨らんでいく。


 寮に戻ると、航平が痺れを切らせたように騒ぎ出した。


「ねぇねぇ、西園寺さんの部屋にコッソリ行ってみない? 書きかけの原稿が読めるかもしれないよ」


「読めるかもって、西園寺さんの部屋に行った所で見せてくれるのかな?」


「そんなの、西園寺さんのいない時を狙って行けばいいんだよ。机の上でも探れば見つかるんじゃない?」


「それは流石に問題あるだろ。勝手に人の机漁ったりしたら不味いって」


「大丈夫だよ。ちゃんとバレないように気を付けてやるからさ」


「いや、そもそもモラルの問題として……」


「ということで、出発進行!」


やっぱり航平はこうなるとブレーキが効かなくなるんだよな。だが、俺も口では航平を止めながらも、内心書きかけの原稿を読みたくてうずうずしていた手前、航平を強く止めることも出来ず、結局航平に手を引かれるまま、西園寺さんの部屋の前までやって来た。


 すると、西園寺さんの部屋から何やら賑やかな声が聞こえて来る。


「俺に今回こそちゃんとしたセリフのある役をください」


「僕もです! お願いします!」


奏多と漣だ。こんな所で何をやっているんだろう。俺たちは取り敢えず西園寺さんの部屋に入ってみることにした。すると、そこには部長や兼好さんも含め、演劇部の部員全員が集合していた。俺たちが入って来たのを見た西園寺さんは呆れたように大きな溜め息をついた。


「まったく、これで全員だよ。つむつむとこうちゃんは一体何の用でここに? まぁ、大体予想はついているけど。取り敢えず、ここに来た目的を聞こうか」


原稿を漁りに来たとは流石に言えない俺は苦笑いしながら誤魔化した。


「西園寺さんの書く台本が気になって、個人的に話を聞こうかと思いまして」


「そうそう。紡がどうしても気になるって言うからさ」


航平のやつ、ちゃっかりと俺に全部の罪をなすりつけやがって! でも、今日はそうはいかないぞ。俺は航平に反撃する。


「は? 航平が言い出したんだろ。西園寺さんの書きかけの原稿をコッソリ見に行こうって」


「紡! それ本人の前で言っちゃ不味いって!」


慌てて俺を止めようとする航平を西園寺さんが睨み付けた。


「僕の部屋を漁ろうとしただって? はぁ。どうせ、そんなところだろうと思った。ここに演劇部員全員、僕の台本が読みたい、とか、自分の役がどんな役なのか知りたい、とか、そんな理由で集まって来たんだよね」


部屋に集まっている部員たちは少し照れ臭そうにしている。


「わかりました。もうすぐ完成するし、これ以上詮索されるのも困るので発表します」


西園寺さんはそう言うと、書きかけの原稿を取り出した。


「タイトルは『801戦隊ローズレンジャー』です!」


「戦隊?」


「801って何でそんな中途半端な数字になるの?」


皆は顔を見合わせた。西園寺さんは咳払いをすると作品の解説を始めた。


「801っていうのはって読むの。BLのことをそうやって呼ぶ人もいるんだよ。それからローズは、BLのことを薔薇っていうだろ? そこから取ったんだ。で、戦隊っていうのは、そのまま日曜朝の特撮ドラマのパロディーってこと!」


特撮ドラマのパロディーとは予想の斜め上を来た。


「で、キャストは僕以外の六人。ローズレッドがつむつむ。ローズピンクがこうちゃん。ローズブルーがかーき。ローズイエローがれぴ。で、敵のボスが部長で、部長によって生み出された怪人が健太。僕は脚本家兼演出をやります」


俺がレッドか。俺ってそんな熱い男だったっけ? でも、ピンクが航平なのは笑う。まんま航平のイメージカラーはピンクだもんな。


「設定は、地球を守るスーパー戦隊ローズレンジャーの四人は二人ずつのBLカップルなんだ。レッドとピンク、ブルーとイエローでね。そこを突いて来たのが敵。四人に幻覚を見るように罠を仕掛けて、レッドとブルー、ピンクとイエローが互いの恋人だと思わせる。浮気をしたと勘違いしたローズレンジャーたちは揉め始める。そこを突いて、敵は地球制服を企むんだ。でも、愛の力は無限大。四人は幻覚の魔法に打ち勝って、敵を倒す。とまぁ、こんなストーリーなんだけど、どうかな?」


正義の味方側の一年生組はすっかり気まずくなって顔を見合わせた。


「これ、俺たちの間で本当にあったことじゃん」


「あったね。地区大会から県大会にかけて。紡が奏多くんに浮気して」


「航平こそ漣といちゃいちゃしていただろ」


「い、いちゃいちゃなんてやめてよ。僕はもう奏多一筋だから」


二年生組はそんな俺たちの様子を見て腹を抱えて笑っている。


「悠希、めっちゃ面白いよ、そのストーリー。つむつむたちの関係性そのままだもん」


「スーパー戦隊なんてファンタジーなのに、リアル感しかないこの絶妙な感じ。最高だよ。西園寺才能ある!」


西園寺さんは照れ臭そうに笑いながら、


「一年生の皆、ごめんね。皆のこと見ていたら、この物語が頭に浮かんで来たんだ。嫌なら配役変えてもいいけど……」


「いいですよ。俺、やります。ある意味、これって俺たちのリアルな演劇部の姿ですから」


奏多が立ち上がってそう言った。漣も頷く。


「確かにちょっとこの役をやるのは恥ずかしいけど、役は役だもん。現実の僕たちではないしさ。それに、本当に付き合っている同士で、最後は丸く収まるしさ。実際、面白そうなストーリーじゃん?」


航平は溜め息をついた。


「しょうがないなぁ。紡が奏多くんと浮気するシーンはムカつくけど、いいよ。ちゃんと僕、紡を見張ってるから」


「は? お前に見張られなくても、俺は浮気なんかしねーよ! わかりました。俺もやります。この台本で頑張りましょう」


俺は勢いでそう宣言した。


 まぁ、リアルな俺たちを見せる、という意味では、西園寺さんの書いた台本の設定以上のものはないだろう。未来の新入部員に見せるんだ。リアルな俺たちを見せてやろうじゃないか。


 それはそうと、何処か大人びた西園寺さんが、朝の子ども向け特撮ドラマのパロディーを考え出すなんて意外だ。もっと真面目なストーリーかと思ったら。俺がそれをツッコむと、西園寺さんは恥ずかしそうに


「だって、僕、今でも特撮ドラマ好きなんだもん」


と答えた。


「えー!?」


俺たちは一斉に叫んだ。


「べ、別にいいでしょ。僕の趣味なんだから」


西園寺さんは真っ赤になってそう言った。


「なーんだ、悠希。そんな可愛い所があったのかよ。もう、今夜も可愛い悠希を食べちゃいたくなったじゃないか」


兼好さんが西園寺さんの肩に腕を回して、西園寺さんの頬をぷにっと摘まんだ。


「ちょ、ちょっと健太! 皆の前で恥ずかしいからやめて」


「へへ、嬉しい癖に」


「嬉しくなんかない! 恥ずかしいだけだよ」


「またまたぁ。可愛いな、悠希。チューしちゃう、チュー!」


 これ以上この二人を見ているのはこっちが気恥ずかしくなる。俺たちは慌てて西園寺さんの部屋を逃げ出した。

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