第十三幕 新入部員獲得大作戦
第1場 「平和な日常」は演劇部の辞書になし!
聖暁学園演劇部が全国大会初出場を決めたニュースは学内でも、県の高校演劇界でも、更には中部地区の高校演劇界においても、思った以上の反響を得た。というのも、その演じた作品の内容がBLというのがちょっとしたセンセーションだったのだ。多くの高校が大会に持ち寄る作品は、青春群像劇が中心で、青春ならではの高校生の普遍的な悩みや生活事情が描かれる。ラブストーリー、ましてや男同士の恋愛物など、高校演劇界にとっては前代未聞なことらしい。
だが、俺たちはまだこれからだ。俺たちの目標は飽くまでも全国一位の座。演劇の世界を去ってしまった美琴ちゃんに再びスポットライトを当てるというささやかな目標を抱き続けている。その目標達成まで、俺たちの『再会』は続いていく。だが、全国大会は来年の七月末。まだ半年以上も先の話だ。これから当分、俺たちの活動頻度も週三回程度の緩いものとなる。
冬休みが明けた最初の活動日。外は一面の雪景色だ。雪のせいでランニングが出来ない俺たちはトレーニングルームで汗を流した後、寒い体育館のステージを避けるように部室に移動した。冬の寒い間くらい、こっちの暖かい場所でまったりしたいものだ。
「やったね、俺たち。全国だよ」
まだ、中部大会の興奮冷めやらぬ俺は机に頬杖をつきながらうっとりとつぶやいた。
「紡と恋人役で全国だね」
航平が俺の肩に頭を預ける。俺たちはそっとキスを交わした。
「悠希もとうとう俺と一緒に全国の舞台に立つのかぁ」
「健太が一緒なら僕はどんな大舞台でもやってのける自信があるよ」
「悠希のバカ。恥ずかしいこと言うなよ」
兼好さんと西園寺さんがいちゃついている。奏多と漣は肩を寄せ合ったまま、暖房の暖かい風に当たりながらうつらうつら居眠りをしている。激動の演劇部生活の中でこんなに平和な日々が他にあっただろうか。ゆったりまったりと思い思いの時間を過ごしていると、慌ただしく部室のドアが開き、美琴ちゃんが飛び込んで来た。
「何、皆でまったりしちゃっているの! 演劇部にまったりする時間なんてないのよ!」
「えー? 全国大会行けることになったんだし、成果も残したんだから、暫くはゆっくり過ごそうよ。全国大会はまだ半年以上先だしさ」
航平が美琴ちゃんに口を尖らせて文句を言う。
「何を言っているのよ。これから、来年の高等部に進学する中等部三年生をスカウトしに行かないといけないの。その計画を立てなきゃ」
「え? スカウトですか? でも、四月からの新入生はまだ中等部にいるんですよ? 今から勧誘なんか始めたら問題になるんじゃ?」
俺がそう言うと、美琴ちゃんは「チッチッチッ」と言いながら俺の額を人差し指でピンッと突いた。
「ルールなんてものは破るためにあるんだから。といっても、今回は正攻法でいって演劇部が学校の上層部から目を付けられてもいけないわね。だから、中等部三年生の子たちを招待して、演劇部の特別公演を開催することにします!」
「特別公演ですか?」
「そう。演劇部の公演を見て貰うという名目で、観に来た中等部生の中から将来有望そうな子を引き抜くの」
「だったら、いつもの年のように春の自主公演で勧誘すればいいんじゃ?」
「つむつむもわかってないわねぇ。わたしたちは全国大会への出場を決めた。全国大会は七月末よ。しかも、同時並行で来年の地区大会から上演する作品創りもしないといけない。だから、何でも早目早目に動いて、余裕をもって来年度を迎えた方がいいでしょう? 新入部員が早目に集まれば、自主公演の稽古を始める時期をそれだけ前倒しして、新入部員たちにも稽古に参加してもらえばいいじゃない? 今回の自主公演は新入部員を中心に初舞台を踏んでもらう場所にしようと思うの。その分、あなたたちはセリフを覚える手間が省けるから、『再会』のセリフも家で忘れないようにチェック出来るじゃない?」
「なるほど! それはいい考えですね!」
部長が手をポンッと叩いて言った。
「でしょ? だから、これから中等部三年生に披露する特別公演の台本作りをしたいと思うんだけど」
すると、西園寺さんが手を挙げた。
「その役目、僕がやってもいいですか? 一度脚本ってものを書いてみたかったんです」
「西園寺が? いいじゃない。やってみなさいよ」
「わかりました!」
確かに西園寺さんは国語の成績が特進クラスで一番らしいし、台本を書くのには適任かもしれない。
「で、どんな作品にするつもりなんだ? 新入部員獲得のためだから、例年の自主公演のようにBLを封印して青春群像劇にでもするのか?」
兼好さんがそう尋ねると、西園寺さんは首を横に振った。
「ここはBLで攻めたいと思います。毎年、自主公演でBLを封印して新入部員を集めても、結局大会でBLをやるんだから、最初からこういう芝居をする部活ですって知っておいて貰った方がいいと思うんです。それに僕はBLを恥ずかしいものだとは思っていない。実際やっていて面白いじゃないですか。だから、変に隠してやるよりも、こんな面白い世界があるんだよって皆に知って貰って興味を持ってくれる子を一人でも増やしたい。それに、このやり方がやる気のある新入部員を獲得することに繋がると思うんです」
そうだよ。西園寺さんの言う通りだ。俺はBLの世界を知って初めは男同士のラブストーリーってやつに驚いたけど、ちゃんと読んでみると面白い作品ばかりだ。それに、俺たちが演じた『再会』だって、高校演劇の全国大会にまで持って行けたんだ。BLを演ることを負い目に感じる必要なんて何一つないんだ。
「やっだぁ! 嬉しいこと言ってくれるじゃない」
美琴ちゃんは大喜びで西園寺さんの背中をバシーンと叩いた。
「美琴ちゃん、痛いですよ」
「あら、ごめんなさい」
二人は笑い合っている。すると、奏多が手を挙げて立ち上がった。
「俺も西園寺さんのBL作品読んでみたいです。俺、最近、こういうの読むようになっちゃいましたし……」
奏多は少し照れ臭そうに通学カバンの中からゴソゴソとBL漫画を取り出した。皆が「おー」とどよめく。あの真面目一徹な奏多がBL漫画を学校に持ち込んでコッソリ読んでいただなんて。
「こんなの持ち込んだら校則や寮則的にアウトなんでしょうけど、ルールって破るためにあるんだって美琴ちゃんが言っているのを聞いて、それなら思い切って買っちゃえと思ったんです。読み始めたら面白くて止まらなくなってしまって」
奏多は頬を赤らめて頭をポリポリかいた。「ルールは破るためにある」などとこいつの口から聞く日が来ることになるとはね。俺は思わず笑ってしまった。これで、奏多もすっかり一人前の演劇部員だ。
「僕も奏多に貸して貰って読んでいます。『再会』も大会で大成功でしたし、BLでいきましょうよ」
漣も奏多に同意する。
「かーきとれぴもBLを演ることに賛同ってことね。部長と兼好はどう?」
美琴ちゃんに振られた部長と兼好さんも首を縦に振った。
「俺は皆がそういう意見なら、反対する理由はないよ」
「俺も悠希の意見に大賛成だ」
俺たちは満場一致で新入部員獲得のためにBLを特別公演で演じることになった。
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