第11場 俺たちの色に染まれ!
泣いても笑っても、これが目標とする全国大会出場を決める最後の上演だ。俺は息を整え、役としてのアキを自分の中に落とし込む。緞帳が開き、眩しいスポットライトが俺の姿を照らし出す。俺はアキとして生きる六十分の人生を生き始めた。
俺は完全にアキそのものになっていた。母親を亡くしたコンプレックスを抱えながらも、再会を果たした初恋の相手であるハルの出現に喜びを隠し切れないアキ。だが、なかなか久しぶりに出会ったハルとうまくわかり合えない苛立ちを全身に感じる。ハルを演じる航平は、可愛くて内向的なハルそのものだった。最早、いつもの生意気で外交的な航平ではない。兼好さんはひたすら俺に片想いするナツになっていたし、西園寺さんはそんなナツに切ない恋心を抱くフユそのものだ。俺たちは完全に役そのものになり切っていた。これがよく役者のいう役が憑依するという状態なのだろうか。
観客が固唾を飲んで俺たちの芝居を見守っている。もう、この空間は聖暁学園演劇部だけのものだ。『再会』の世界がこのホール全体を支配している。俺は航平を抱いた時に思った。航平を俺の色に染め上げたい、と。今はこう思う。この会場全ての人間を『再会』の色に染め上げたい。俺は夢中で舞台上を飛び回り続けた。
ラストシーン。着替えるアキの裸の姿にハルが思わず恥じらいの感情を持つ場面。俺は思いっきり服を脱ぎ捨てた。夏合宿の時、航平がキスマークをつけた俺の胸の上には、西園寺さんにこっそり書いて貰った文字が刻まれていた。
「航平、世界で一番お前を愛してる」
ハルを演じる航平が俺の姿を見た途端、その顔は本当に真っ赤に染まった。航平は目を丸くして一瞬息を呑み、くるりと向きを変えた。そして、思わずバッと走り去った。俺はそんな航平を、いや、ハルを追いかけて駆け出した。
河川敷までアキはハルを追いかけて行く。夕日の照らすシーンよろしく赤いスポットライトを浴びた航平は、赤い顔をしたまま荒い呼吸をしていた。その目からは本当に涙がハラハラと零れ落ちていた。孤独を抱え、殻に閉じこもっていたハルがアキの前で見せた涙。それは、アキに初めて心を開いたハルの感情の発露だ。航平の涙する姿にハルのそんな心情が重なる。俺もハルの涙を見ているうちに、自分の目頭も熱くなり、涙が何滴も滴り落ち始めた。俺は泣きながら、ハルを抱き締めた。
「ハル、お前のことが好きだ」
アキはハルに告白する。ハルは涙を流しながら頷く。
「僕もアキのことが好きだったよ」
俺と航平は涙を流しながらしっかりと抱き合い、互いの唇を重ね合わせた。緞帳が閉まって行く。だが、俺も航平も我を忘れ、泣きながら口づけを交わし続けていた。
「つむつむ、こうちゃん、よくやったな」
部長にそう声をかけられて、俺と航平ははっと我に返った。部長は目に一杯涙を溜めていた。
「つむつむの計画大成功だよ。こうちゃんのつむつむを想う気持ちと、ハルのアキへの恋心が完全にオーバーラップしたよね。凄く綺麗な涙だった」
西園寺さんも涙を拭いながらそう熱烈に俺たちを称える。見ると、兼好さんも、奏多も漣も全員が涙を流している。航平は泣きながら俺の胸をポカポカ叩いた。
「紡のバカ! あんなこと身体にこっそり書くのは反則だよ」
「航平、ごめん。ビックリしたよな? でも、こうしたらきっと航平の芝居が輝くと思ったから」
「県大会の時といい、紡のアドリブは心臓に悪いんだよ。もう、本当にビックリしたぁ!」
「あはは、ごめんごめん」
俺は謝りながら航平をそっと抱き締めた。
「でも、ありがとう。あの瞬間、ハルって役が僕の中に完全に落ちた気がした。紡がアキに重なって見えて、気が付いたら泣いてた」
航平は俺の胸を叩くのをやめ、俺をギュッと抱き締め返しながらそう囁いた。
その時、舞台の上に美琴ちゃんがゆっくりと歩いて来た。
「皆、お疲れ様。史上最高の上演だった。本当に、こんな素晴らしい舞台を見せてくれて、ありがとう」
美琴ちゃんの目が心なしか潤んで見える。俺たちは美琴ちゃんを囲んでわんわん泣き出した。
「本当に今までありがとうございました。俺、俺、美琴ちゃんがいてくれたから、ここまでやって来れたんです」
俺は泣きながら美琴ちゃんに何度もそう感謝の言葉を繰り返した。美琴ちゃんはそっとそんな俺の頭を抱き締めてくれた。
「つむつむは特に頑張ったわね。今まで演劇部でいろんな生徒を指導して来たわ。でも、こんなに一生懸命着いて来てくれたのは、つむつむが初めてよ。こちらこそありがとう」
「ありがとう……ございます」
俺はそんな美琴ちゃんの言葉に余計に涙腺が刺激され、思わず声を上げて泣きじゃくった。
「さぁ! 皆、いつまでも泣いてないで。バラシの作業をやるわよ! 時間オーバーしたら失格だからね!」
美琴ちゃんが皆の気持ちを切り替えるようにそう叫んだ。そうだ。バラシの作業に残された時間は三十分。俺たちは急いで作業に取り掛かった。だが、皆の表情は達成感に満ち、笑顔が弾けていた。
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