第10場 他に圧倒されるな!中部大会に集結した強豪校

 しかし、いざ上演が始まると、俺は他校の芝居に完全に圧倒されることになった。まず、部員の多い演劇部によって制作された大道具や舞台装置が華やかだ。学校の教室をそのまま再現するような大掛かりなセットをドカンと見せつけられる。キャスト陣の人数も多く、劇中にダンスを披露する学校まである。観客の笑いを取るテンポもいい。一方でシリアスなシーンへ移ると、会場の空気をガラッと変えてしまう。照明や音響も印象的で記憶に残る使い方を工夫しているのがわかる。


 だが、あの俺を鼻で笑い飛ばした谷高校演劇部の上演は特に華やかだった。カラフルな舞台セットに、衣装からメイクまでバッチリ決めた役者たちが舞台上を飛び回り、締めに踊られたダンスの振り付けは今大会で一番複雑だった。それを笑顔で踊りこなす彼らに、観客席も一気にヒートアップする。


 谷高校の上演が終わった時、俺はすっかり放心状態で客席にもたれかかって空を見つめていた。


「ちょっと、何ボウッとしているのよ」


俺はそんな様子を美琴ちゃんにツッコまれた。


「い、いえ。単純に皆凄いなぁと思って。俺じゃ、とても敵わないなって。大道具のクオリティもそうですし、ダンスだって、あんな難しそうな振り付けでバキバキに踊っているし……」


すると、美琴ちゃんが俺の額をデコピンした。


「あのねぇ、派手にやれば演劇的なクオリティが上がるかといったら、それはまた別物なのよ」


「へ?」


「何々? どういうこと? 僕も聞きたい!」


航平もそこに合流して来た。先輩部員たちも、奏多も漣も集まって来る。どうやら、皆それぞれに他校の上演を見て不安に思っていたらしい。


「芝居の質っていうのは、別に大道具を派手にしたから、ダンスを踊ったからって上がる訳じゃないってこと。大道具や小道具だって、それを芝居のストーリーの中でどれだけ印象的なものとして活かすことが出来るのかというのが何よりも重要なの。ダンスだって、その作品の中で、それを踊るだけの必然性が必要よ。演劇はダンス大会じゃないんだから。


 それに、この大会はミュージカルの大会じゃない。ストレートプレイの大会なの。私達は完全にお芝居だけで勝負に来ている。あなたたちの芝居の質でいえば、ここにいる誰にも負けないだけの自信はわたし、もっているから。それに、今年の夏に開かれた全国大会で優勝したのがどんな作品か知ってる? 出演者が二人だけの二人芝居よ! でもね、どんなに舞台装置を大掛かりにした高校よりも、どんなに派手なダンスを披露した高校よりも、二人の芝居が観客皆の心を打ったのよ。


 それに、今年の聖暁学園演劇部には史上最高の逸材が揃っている。『再会』もわたしが今まで書いた台本で史上最高の出来になっているわ。そりゃ、まだ改善点を探そうと思えばいくらでもあるわよ。でもね、中部大会で本番を迎える今、ここまで仕上げて来た年は今までになかった。それに、つむつむやこうちゃんをはじめとして、皆がここまでわたしの無茶ぶりに忠実に従ってくれたのも初めて。


 でも、それはあなたたちがそれだけ今まで本気で芝居に取り組んで来た証拠よ。そのことはまず自分たちを褒めてあげなさい」


 確かに美琴ちゃんは、俺が入部した当初から、俺に無茶ぶりしかして来なかった気がする。でも、その無茶ぶりも何だかんだいって楽しんでいる自分がいた。その無茶ぶりのおかげで、俺は今、最高に幸せな高校生活を送っているじゃないか。恋人の航平がいて、一緒に全国大会を目指して頑張って来た仲間がいて、BLという最高に面白い世界に出会って、舞台に立って演じる時のあの極上の感覚も知って。そうだよ。俺はこの聖暁学園演劇部が大好きなんだ。自分の演劇部を好きな気持ち。それだけは、他校には負けない。


「だから、自信を持って芝居に臨みなさい。じゃないと、自信のなさが芝居に出たら、それだけで恥ずかしいわよ」


美琴ちゃんの言葉を聞いているうちに、俺たちの表情は幾分和らいだものになっていた。今まで辛いことも大変なことも乗り越えて来た俺たちだ。俺だって、航平と時には対立したり、何度も泣いたり怒ったりして来た。これまでのその想いを、ただ他校の上演に圧倒されたという一点の理由で全て無に帰するような芝居をしていい訳がない。そんなことをすれば、これまでずっと頑張って来た自分に申し訳ないじゃないか。


 しかし、俺の心を動かしたのはそれだけではなかった。百合丘学園演劇部の上演だ。


 百合丘学園の作品はこれまでの大会でも、それぞれの高校を訪問し合って行った合同稽古でもわかっていたことだが、芝居の質に俺は圧倒されて来た。だが、今日の上演はいつもに増して、彼女たちはキラキラと輝いていた。コミカルなシーンからロマンチックな告白のシーンまで、葉菜ちゃんと莉奈ちゃんの演技力が光る。


 コミカルな芝居に大いに盛り上がった会場であったが、恋人同士となるヒロイン二人の告白のシーンで、周囲から鼻を啜る音が響いて来たことに俺は気が付いた。もしかして、観客を泣かせたのか? 笑いを取る芝居は、中部大会に出場するような高校ならば何処でもしている。だが、泣かせる芝居はなかなかお目にはかからない。莉奈ちゃんの葉菜ちゃんに対する想いを吐露するセリフが、まさに真に迫っていたのだ。鳥肌が思わず立つような、それだけで目頭が熱くなるような感動がラストシーンには詰まっていた。


 終演後、惜しみない拍手が送られる百合丘学園を見て、俺は思い直した。彼女たちと俺たちはずっとこれまで最大にして最高のライバルとしてやって来たんだ。地区大会、県大会と最優秀賞を分け合って来た。彼女たちにここまでやれるというのなら、俺たちにやれない理由が何処にあるのだろう。


 俺も負けてはいられない。俺たちは今まで積んだ稽古で、『再会』という作品をほぼ完成形にしてこの大会に持って来た。だが、俺は最後の最後で、更にこの芝居をブレイクスルー出来るような何かを追求することにした。百合丘学園を超えるために、『再会』をもっと最高の作品に仕上げるために。


 俺たちの出番直前、楽屋で衣装に着替えている時、俺は西園寺さんをそっと呼び出した。


「すみません。俺のお願いをちょっとだけ聞いて貰えませんか?」


俺はそう言って西園寺さんに頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る