第9場 ガッチガチ!大一番に臨む俺と聖暁学園演劇部
俺の中に眠っていた「雄」としての本能。可愛くて愛しいやつをこの「俺が」愛しているのだという感覚。航平の身も心も俺のものにしてしまいたいという欲求。俺の心の奥底にそんな俺のもう一つの一面が潜んでいたことを、俺は新鮮な感覚と共に味わった。俺と事を終えた航平は荒い息をしながら、俺にギュッと抱き着いて甘えた。
「紡、チューして」
俺は航平に求められるままに、航平の唇を奪った。航平は俺の胸に顔を埋めた。耳を真っ赤にしている。
「あのさ……紡。僕も少しわかったかも」
「何を?」
「紡に愛される幸せな感覚」
クソッ! こんな可愛いこと言われたら、また俺の股間がムクムク成長して来るじゃないか!
だが、俺たち二人はこの日を境に変わった。俺は「攻め」としての、航平は「受け」としてのその本質的なものに目覚めたのだ。ずっと夜になれば航平に愛されて身を委ねるばかりだった俺の中に芽生えた能動性。そして、可愛い航平が限りなくその可愛さを突き詰めた受動性。この二つがアキとハルという俺たちの演じる二つの役の中に落とし込まれていく。
俺たちの芝居が一皮剥けると、先輩部員の芝居も一味変わる。ここが芝居の面白い所でもある。その時の状況に合わせて、芝居は如何様にも変わっていくのだ。俺がいい芝居をすれば、相手役も俺に乗って来る。もちろん、ストーリーもセリフも台本によって決められているのだが、それをどう演じるのかということは、勿論美琴ちゃんの演技指導に従わねばならないが、それでも役者に任せられた自由な部分であるのだ。役者同士で相手の息遣いを感じ、それに自分の芝居を乗せていくのが極上の快感だ。
俺たちが中部大会に臨む頃には、俺たちの演じる『再会』は過去最上級の状態にまで仕上がっていた。
一週間後、俺たちは中部大会の開かれる名古屋に向けて出発した。中部地方から選りすぐりの高校演劇部が集うのこ場所に、俺たちもまた出て行く権利を得たのだ。いつもは地方の一都市で暮らしている俺たちにとって、都会名古屋の何もかもが新鮮だ。駅の前にそびえ立つツインタワーの下で、航平は大興奮でパシャパシャ写真を撮っている。対する俺はというと、既に緊張感から腹を壊して駅のトイレに駆け込んでいた。
中部大会の会場となるホールは、勿論地区大会や県大会と然して代わり映えのしない普通のホールなのだが、何処となく今までとは違う特別な雰囲気が漂っていた。今までの大会は、夏合宿のおかげもあり、出場している高校の演劇部員は殆ど顔見知りだった。だが、今ここに集まっているのは百合丘学園演劇部以外、全部知らない人たちばかりだ。きっとレベルも俺たちと同等、いや、もしかしたら俺たち以上の実力者ばかりなのだろう。
大道具の搬入作業をしながら、俺は周りが気になって仕方がなく、思わずキョロキョロと辺りを見回すのだった。そこにいる人が全員、芝居の上手そうな人ばかりに見えて来る。おまけに演劇部員の人数も多い。七人の部員しかいない聖暁学園演劇部はどうしても見劣りするように思えてしまう。その時、
「おい、何処見てんだ! 危ねえだろ!」
と俺はいきなり怒鳴られ、ビクッとした。俺は周囲に気を取られる余り、大道具を運びながら右へ左へとふらふら歩いているうちに、すれ違う他校の演劇部員とぶつかりそうになったのだ。見ると、一際大柄な男子生徒が俺を睨み付けていた。
「す、すみません!」
俺は思わず縮こまる。
「お前、何処の高校?」
その男子生徒は俺を見下したように尊大な態度で俺の高校名を尋ねる。
「聖暁学園です」
俺がそう答えるや否や、その男子生徒はフンッと鼻で笑い飛ばすと向こうに歩いて行った。
「つむつむ、大丈夫?」
部長が俺に駆け寄って来る。俺はもう半泣きだ。
「大丈夫じゃありません」
「おいおい、しっかりしなよ。君は俺たち聖暁学園の主演俳優なんだから、これからの場当たり稽古やゲネプロでも特に頑張って貰わないといけないんだし」
「はい……」
「そういえば、今つむつむと話していたあの人、谷高校演劇部の部長さんだよな」
「谷高校って何処の高校ですか?」
「愛知だよ。去年全国大会に進んだ学校。普段の稽古も体育会系で厳しいらしいね」
去年の全国大会出場校かよ! そこの部長に思いっきり鼻で笑われた俺は、自信を更に消失した。やっぱり、俺たちなんか箸にも棒にも掛からない存在だと思われている。いや、実際そうなのだろう。去年の聖暁学園演劇部は中部大会に進出したはいいものの、全国大会出場はおろか、他の雑多な賞も何一つ貰えずに敗退したというのだから。
「なーにボウッとしてるんだよ! しっかりしろ、つむつむ! 他の高校は関係ない。俺たちには俺たちにしか出来ない演劇があるんだ。こんな所で圧倒されていてどうするんだ。自分をしっかり持て! なっ」
俺は部長に背中をポーンッと叩かれた。そうだ。他の高校は関係ない。俺たちには俺たちにしか出せない世界観がある。谷高校がどれだけクオリティの高い芝居を披露しようが、俺たちは俺たちのやるべき仕事をやるだけだ。俺は自分にそう言い聞かせながら、場当たり稽古に、そして中部大会本番前最後の通し稽古、ゲネプロの舞台に臨むのだった。
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