第8場 自覚と覚悟
聖暁学園で合同稽古をした時と同じく、昼休みを挟んで百合丘学園の通し稽古が始まる。だが、そこで俺は思わず目を見張った。先週までの百合丘とは何もかもが違っていた。主役の葉菜ちゃんも莉奈ちゃんも目力が違っていた。二人の掛け合いは声のトーンの使い分けも、表情も、間の取り方も全てが絶妙で、息がぴったりと合っている。主役の二人に釣られて他のキャスト陣の芝居も相乗効果で見違えるように活き活きしている。役者たちが舞台の上を所狭しと駆け回る。彼女たちは既に百合丘学園演劇部の女の子たちではない。完全に劇中の役の女の子たちそのものだ。
百合丘学園演劇部は地区大会の時のレベルをこの一週間で軽く超えて来ていたのだ。
俺はただ呆気に取られていた。それと同時に猛烈な焦りが心の中に生じた。彼女たちに勝たなければ、少なくとも俺たちの全国大会出場はない。俺は悟った。俺はやったつもりになっていただけなのだ。航平を「攻め」ようとした「つもり」。「攻め」を勉強した「つもり」。頑張った「つもり」。何かと言い訳を考えて、本気でやろうとしていなかったのだ。俺が頑張らなければ、聖暁学園の芝居の質だって上がらない。俺は腐っても主役なのだ。もう、これ以上の言い訳はいらない。俺は心を決めた。
俺は寮に戻るなり、航平を抱き締めた。
「ちょ、ちょっと、いきなり何?」
航平はいつものように逃げようとする。今までの俺なら、航平をそのまま逃がしていたが、今日は違う。より力を入れて航平を抱き締めた。
「つ、紡!」
航平が叫ぶ。
「ごめん、航平! 俺に協力して欲しい。俺、絶対に全国大会に行きたい。そのために俺がお前を抱かないといけないなら、俺はお前を抱く。俺は攻め役だから。航平を抱くことでアキの気持ちが少しでも理解出来るならする価値はあると思うんだ。だから、頼む」
俺がそう力を込めて言うと、航平の抵抗する力が弱まった。航平は潤んだ瞳で俺を見上げた。
「……僕の方こそごめんね。僕、何だか紡にされそうになると恥ずかしくなっちゃって、いつも逃げちゃっていたんだ。でも、紡が陰で他の部員の皆に話を聞きに行ったり、ゲイビデオ見たりして頑張っていたこと、僕は全然知らなかった。ごめん、逃げてばかりいて」
「じゃあ、今夜は航平のこと抱いても大丈夫ってことなのかな?」
俺の問いに航平はポッと頬を紅潮させて頷いた。
「うん。いいよ。僕も一度は紡にされてみたかったんだ」
航平はそう言ってはにかんだ表情をして顔を赤らめ、トロンとした瞳を俺に向けた。ヤバい。可愛い。俺はそんな航平の顔を見ていると、無性にベッドの上に押し倒したくなった。夢中で航平を押し倒し、服を剥ぎ取る。航平の白くて繊細ですべすべした肌が露わになる。俺はその雪のように白い肌に吸い付いた。
「んん! あ、ああん!」
航平がビクンと反応する。身体の関係を持つとなると、いつもの可愛さが消え失せ、野性味溢れる男らしい一面を見せる航平だが、今夜は徹底的に「受け」役に徹していた。航平がギュッと俺の手を握って来る。愛おしい。俺は熱烈に航平の身体を求め、深いキスを交わした。いつもは航平から舌を絡ませて来る所だが、今夜は自然と俺の舌が航平の小さくて可憐な口の中に入っていく。
航平の吐息が激しくなり、俺の背中に航平は腕をそっと回した。その手はしっとりと汗で湿り、俺の身体に自分の全てを預けるかのように可憐で儚い温もりが伝わって来た。可愛い航平がすっかり俺に身を委ねているのがわかる。航平の顔を見ると、火照ったリンゴのように赤い頬に、目が潤んで口元から吐息と小さな喘ぎ声が漏れ出している。
いつも可愛い航平であるが、今夜の航平の可愛さは外では見せたことのない、いや、俺も初めて見る程の愛おしさを全身から醸し出していた。今の俺だけに見せる表情なんだなと俺は直観した。俺の中で何かが弾けた。航平を俺のものにしたい。航平の全てを、その身も心も俺が支配してしまいたい。この可愛いやつを存分に俺の色に染め上げてやりたい。俺、もう理性のストッパーを外しちゃうよ。ごめん、航平。俺は、もう我慢出来ない。
俺は航平の中に初めて入れた。キュッと航平の中は締まっていて、俺の心までガッチリとつかんで離さないと主張しているようだ。余計に俺はこいつから逃げることなんて出来なくなるよ。この可愛いやつめ。俺は本能の赴くままに航平を突き上げ、航平の奥まで「俺」という存在を刻みつけた。航平は快感と喜びと幸福感と、少しばかりの恥ずかしさを感じているのか、可愛い喘ぎ声を上げながら、顔を紅潮させたまま俺から目を逸らそうとした。
「ダメだ。俺の目を見て」
「やだ。恥ずかしい」
「大丈夫。航平はこの世界の誰よりも可愛い顔をしているよ」
「紡が……紡が、イケメン過ぎて直視出来ないんだよ……」
いつも航平が俺を形容する時に言う残念なイケメン。そこから残念なが抜けていることに俺は気が付いた。俺は航平にとって名実共に残念ではないイケメンになれたってことでいいのかな。そう思うと、余計に嬉しくなってしまうじゃねえか。
「航平、可愛い」
俺は航平と繋がりながら、その小さくて赤い可愛らしい唇に再び自分の唇を重ね、舌を絡めるのだった。
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