第12場 全国大会に進出か?敗退か?
今日は運命の日だ。とうとう中部大会の結果発表がなされるのだ。四日間に渡って行なわれた中部大会もとうとう終了だ。俺たちは自分たちの芝居の出来に自信を持っていた。だが、他校の芝居を観るとやっぱり、そのクオリティーの高さに不安がぶり返す。
いや。もし、これで敗退になろうとも、俺たちがここまで頑張って来たことは何一つ無駄にはならない。この九か月間頑張って来た俺たち聖暁学園演劇部は四年連続の中部大会進出を果たしたのだ。それだけでも偉業だ。
それでも、とうとう結果発表が行なわれる時、俺たちの緊張感は最高潮に高まった。出来るなら、全国大会に行きたい。実力がありながら、十年前に全国の舞台で優勝しながらも、演劇の世界を去ってしまったという美琴ちゃんにまた華を持たせたい。俺は目をギュッと瞑って航平と手を取り合った。
まずは、それぞれの小さな賞が贈られる。俺たち聖暁学園演劇部は創作脚本賞を百合丘学園と共に受賞することになった。それだけでも、俺たちは大喜びだった。美琴ちゃんの台本が認められた。『再会』のストーリーがそれだけ人の心を打った。それがここに証明されたのだ。
そして、本大会で実質二位となる中部地区高校演劇連盟賞の発表だ。この学校は、全国大会ではなく、春季研究大会という、全国大会とは別の大会に出場することになる。
「中部地区高校演劇連盟賞は……谷高校演劇部です」
会場がどよめく。明らかに、一番華やかな舞台を披露し、昨年の大会でも堂々の一位を獲得し、下馬評でも優勝の筆頭候補だった谷高校が全国大会進出を逃したのだ。谷高校の部員たちから悲鳴のような叫び声が上がり、女子部員たちが涙に暮れている。あの俺を威圧した部長が険しい表情で、二位の表彰状を受け取った。
全国大会に出ることが半ば当たり前とされ、そのプレッシャーは俺が想像出来ない程大きなものだったに違いない。だから、あれだけピリピリしていたのかもしれない。そう思うと、少しだけ谷高校演劇部の部長に同情した。でも、俺たちは負けない。誰が相手であろうと、俺は俺たち聖暁学園演劇部を信じるのみだ。
これで、一気に全国大会進出を決める争いが混沌として来た。俺と航平の互いを握る手がより強くなる。次だ。次こそ第一位、そして全国大会に出る演劇部がさ決まる運命の発表だ。
「続いて、文部科学大臣賞の発表です。この高校は、来年七月末に開催される、全国高等学校演劇大会に出場します」
俺の心臓の鼓動が高鳴り、もう口から飛び出しそうだ。
「文部科学大臣賞は……聖暁学園演劇部です」
俺は一瞬固まった。あれ? 今、司会の人、何て言ったっけ? 俺の横で航平が俺に抱き着いて大声で泣きじゃくっている。先輩部員たちも、奏多も漣も、そして照明と音響の応援スタッフとして駆けつけてくれた二年生の先輩も全員が抱き合って泣いている。
「つむつむ、やったわね!」
美琴ちゃんが息を弾ませて俺の肩をポンッと叩いた。俺は美琴ちゃんの方を振り向いた。美琴ちゃんは今までにない優しい表情で俺に頷いた。その瞬間、俺は全てを理解した。俺は、俺たちはとうとうやってのけたんだ。全国大会進出を。美琴ちゃんをこれで全国の舞台に連れて行くことが出来るんだ。俺の目からは涙が、俺の口からは泣き声が一気に爆発し、俺はわんわん声を上げて泣き出した。
部長は聖暁学園演劇部代表として、俺は主演俳優として舞台に上がり、賞状とトロフィーを受け取った。俺は涙にむせぶあまり、優勝トロフィーを受け取りながらも、「ありがとうございます」という礼の一言さえまともに口から発することが出来なかった。俺は明るい照明に照らされて燦然と輝く優勝トロフィーを抱え、肩を震わせて泣き続けていた。すると、そんな俺に、隣に立っていた谷高校の部長がそっと語り掛けた。
「おめでとう。まさか、お前らに負けるとは思っていなかったよ。正直侮っていた。でも、今年は本当に完敗だったな。あんな芝居見せられたら、誰だって勝てねえよ」
俺は驚いて顔を上げた。あの怖い顔をしていた谷高校演劇部の部長が人が違ったように穏やかに俺に微笑みかけている。
「え?」
「だから、いつまでもピーピー泣くな。胸を張って笑顔を見せろ。俺たちの分も、全国で頑張って来い。これで、全国で下手こいたら俺、お前らのこと許さねえからな。でも、全国大会の切符をお前らに渡すのは今年だけだぞ。来年、俺は引退してこの場にはいないけど、俺の後輩たちがお前らを打ち負かすからな。覚悟しておけよ」
そんな谷高校の部長に俺は思わず笑みが零れた。
「俺たちだって、来年も全国行かせて貰いますから。そう簡単に負けたりしません!」
「生意気言うな!」
谷高校の部長は俺を肘で軽くどついた。そんな俺たちの様子を、俺たちの立野部長がニコニコしながら眺めている。
俺はもう一度客席を眺めた。俺たち以外の高校は全部全国大会進出を逃したのだ。他校の生徒たちは涙に暮れている。中でも特に激しく泣きじゃくっているのが生徒ではなくとある顧問の教師であることを発見し、俺は笑いを堪えるので必死だった。それは他でもない。青地鼓哲だった。百合丘学園演劇部のメンバーは創作脚本賞を受賞したことに大喜びだったが、青地だけは本気で全国大会出場を逃したことを悔しがっていた。美琴ちゃんが高校時代に全国大会で優勝した時に泣いた青地の描写の如く、顔をくしゃくしゃにしてピーッと泣いている。そんな青地を部員たちが慰めるのに忙しい。周囲の高校の部員たちも若干引き気味だ。
そんな皆の様子を見ながら俺は思った。これだけの高校の中で俺たちは頂点に立ったんだ。全国の舞台でも必ず、この勢いでぶつかってやるさ。俺は負けない。いや、俺たちは負けない。聖暁学園演劇部の真髄を絶対に全国大会で見せつけるんだ。そして、悔しい思いをしたこいつら全員の分をまとめて全国の舞台でぶちかましてやるんだ。谷高校の部長の部長の言うように、胸を張ろう。俺は涙を拭うと、優勝トロフィーを高々と掲げた。会場から温かい拍手が送られる。航平が俺にウインクをしながら親指を立てて「グーッ」とやっている。俺も小さく航平にグーサインを返した。
優勝トロフィーを持ち帰った俺たちは、中部大会に出場したいろんな高校の演劇部員からの祝福を受けることになった。
「聖暁学園で主役をやられていた方ですよね! めっちゃカッコよかったです!」
「いきなり脱ぎ出したんでドキドキしちゃいました。筋肉が凄いですね!」
「アキくん、カッコよすぎて本当にヤバかったです。全国大会も頑張ってください」
俺の周囲に集まって来るのは決まって女子部員たちだ。俺の連絡先まで聞き出そうとする女子部員たちに、目を光らせるやつがいた。もうおわかりだろう。航平だ。
「アキくんとハルくん、本当のカップルに見えちゃいました」
そう顔を赤らめて感想を述べたとある女子部員に、航平が俺に抱き着きながら、
「本当のカップルだよ。だから、紡に手を出したらダーメッ」
と暴露して俺の唇を奪った。「キャー!」という悲鳴と共に、集まっていた演劇部員たちが大騒ぎになる。俺はもう航平との関係を隠すつもりもないが、航平のやつはよくもまぁ、そこかしこで自ら俺たちの恋人関係を惜しげもなく語りたがるもんだ。これで、俺たちの恋人関係は聖暁学園、更に県の枠を飛び越えて、中部地方の高校演劇界全体に広まっていくことだろう。だが、騒ぎはそれだけではなかった。
「ナツとフユも付き合ってまーす!」
と兼好さんまで暴露を始めるから、会場の中は騒然となる。
「ちょっと、健太! そんな大きな声で言い触らさないでよ」
西園寺さんはすっかり真っ赤になっている。破天荒な恋人を持つと、お互い苦労が絶えませんね。俺は西園寺さんに向かって苦笑した。こうして、俺たち聖暁学園演劇部はリアルBL演劇部としての名を中部地方の高校演劇界全体に知らしめることになったのだった。
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