第6場 「攻め」を勉強するために
俺は結局、航平との夜の営みにおいて攻守を交代するというミッションに失敗した訳だが、その後も何日経っても航平を「攻め」る役になることは出来ず仕舞いだった。何度やっても上手く攻守交替が出来ず、結局最終的には俺は「攻められる側」に、航平は「攻める側」になってフィニッシュを迎えるのだった。
だが、美琴ちゃんの目を誤魔化せる訳もない。俺たちは美琴ちゃんにたっぷり叱られる羽目になった。
「せっかく、百合丘の部長さんから貴重なアドバイスをいただいたのよ! それを生かさないでどうするの! 大体ね、普通演劇をやる時は、自分の経験したことのないシチュエーションでも、まるでその瞬間に実体験しているかのように観客に見せなきゃいけないの。でも、あなたたちは違う。劇中のアキとハルのようにお互いに恋愛感情を持っていて、恋人として付き合っていて、夜の関係まである。ならば、それを生かさない手はないでしょう! こんなに恵まれた環境にいるのよ。その有難味をもっと実感しなさい。もっと貪欲に学ぼうとする姿勢を見せるのよ」
高校生に向かって性行為をせよと迫る教師など、美琴ちゃんを置いて他にはいないだろう。だが、どんな突拍子もない指示でも、美琴ちゃんに従えば必ずといっていい程、俺が目覚ましい成長を遂げて来たのは確かだ。演劇部に入部し立ての時に課された鬼のトレーニングメニューも、BLドラマCDやBL映画を鑑賞することによる芝居の勉強も、今になって思えば全て俺の血となり肉となっているからな。俺たち演劇部員が地区大会の後にバラバラになりかけた時も、美琴ちゃんの言葉は俺たちの心にダイレクトに響いて来たんだっけ。
だが、どうしても航平は俺が手を出そうとすると俺から逃げてしまうのだ。俺の「攻め方」がぎこちないせいなのか、それとも、航平が「受ける」ことに慣れていないのか。俺の手際が悪いせいなのだとすれば、まずは航平を上手く抱けるように、下準備として男の「抱き方」を勉強してみるか。でもどうやって? 航平以外に俺の周りに参考に出来そうな男を「攻める」男は……いた。演劇部内に二人も。他でもない。兼好さんと奏多だ。俺は早速「聞き取り調査」を行うことにした。
俺はまず放課後の清掃の時間に、ゴミステーションの辺りでゴミ捨てに来た兼好さんを捕まえると、不躾に
「兼好さんはいつも西園寺さんと、夜どんなことを考えながらエッチしてるんですか?」
と聞いた。
「ちょ、ちょい、つむつむ! いきなり大きな声で何を言い出すんだよ!」
兼好さんは真っ赤になって慌てて周囲に誰かいないか確認した。
「だって、俺、美琴ちゃんに航平を攻める方になれって言われたじゃないですか。でも、俺、思ったように上手く出来てなくて……」
「美琴ちゃんもまた、つむつむにとんでもない要求をしたよな」
兼好さんはいきなり俺から西園寺さんとの夜の行為を聞かれて狼狽したのか、すっかりのぼせ上った様子でぼやいた。
「勉強熱心なのはいいけど、俺に聞くなよ。俺は悠希と付き合い始めてまだ一か月も経ってないし、俺が悠希を抱くやり方が正しいのかどうかもわかってないし」
はぐらかそうとする兼好さんに俺は飽くまで食い下がった。
「お願いします! どんな些細なことでもいいんで」
「そんなこと言われてもなぁ。俺は兎に角、悠希が可愛いとしか思ってないかな。それ以上のことはわからん。意識したこともないし」
「だったら、俺だって航平のことが可愛いと思ってます。でも、夜になると、航平の男っぽい一面というか、可愛いだけじゃない野性味ある力強さに押されて、俺、抵抗出来なくなるんです」
兼好さんは俺がそう言うや否や、
「そ、そんなこっちが恥ずかしくなるような表現で夜の行為を描写するな」
と早口で言うと、逃げるように立ち去ってしまった。
こうなると、今度頼るべきは奏多だ。奏多が食堂に夕飯を食いに来た所を待ち構えて捕獲する。
「ちょっとこっちこっち」
俺は奏多を引っ張って食堂の隅の目立たない席に無理矢理座らせた。
「何だよ、いきなり」
奏多は怪訝な顔をする。
「ねぇ、漣といつもどうやってエッチしてるの?」
奏多は俺のその質問に咳き込み始めた。
「バカ! いきなり何を言い出すんだよ!」
「だって、美琴ちゃんに航平とエッチするときに俺が攻めになれって言われたじゃん? でも、実際やってみようとするとどうしていいかわかんなくてさ。奏多だったら、毎晩漣を攻めてる訳じゃん? だから、いろいろ教えて欲しくて」
奏多はぽっと顔を赤く染めた。
「お、俺は毎晩漣とヤったりしていないし、そんなこと教えるような話でもないだろ」
「頼むよ! 中部大会までは時間もそんなにない。俺が航平を攻められるかどうかに、全国大会に行けるかどうかの命運が懸かっているんだ」
「いくら全国大会が懸かってるって言っても、そんなことをいきなり聞き出そうとするなんてデリカシーがないんじゃない?」
とそこにひょっこりと漣が顔を出した。
「仕方ないだろ! これは俺に課されたミッションなんだ。漣は俺と同じ受けだろ? お前に用はねえんだよ!」
俺がそう言うと、漣も顔を真っ赤にした。
「受けとか声に出して言わないでよ! そもそも、紡は航平に直接聞けるでしょ! わざわざ奏多を巻き込もうとしないでよね! それか、自分でゲイビデオでも観て勉強すれば? 奏多、もう行こ」
漣は奏多を連れて行ってしまった。ゲイビデオか……。それって俗に言うアダルトビデオの男同士のバージョンってことだよな。俺、エロ本だって買ったことないのに、いきなりゲイビデオを観るなんて出来るのかな……。いや、俺は美琴ちゃんに「もっと貪欲に学ぼうとする姿勢を見せるのよ」と言われたんだ。ここは恥を忍んでやるしかない。
俺は視聴覚室のパソコンをこっそり借りると、Google検索で「ゲイビデオ」、スペース、「攻め」と入力してみた。途端に画面一杯に「言葉責め」だの「乳首責め」だの、挙げ句の果てには「亀頭責め」に「アナル責め」といった見たこともないような文字が羅列されている。「言葉責め」と「乳首責め」までは何となくわかるけど、「亀頭」って何だ? 亀に頭を噛みつかせたりするってことなのかな? そんなことをしたら髪の毛を引きちぎられて大惨事になりそうだが。
俺は何もわからないままにその「亀頭責め」というページをクリックした。すると、今度は画面一杯に裸の男が縄で縛られ顔を歪めている画像がデーンと示された。俺は思わず椅子と共に後ろにぶっ倒れそうになるのを堪えながらも、唾をゴクンと飲み込んで動画の再生ボタンを押す。すると、
『ご登録ありがとうございました。会員料金\100000を必ず三日以内にお支払いください』
というデカデカとした文字が表示された。じゅ、十万円!? 三日以内? そ、そんな。俺はただ、動画の再生ボタンを押しただけなのに。しかも、下の方に目を移すと、三日以内に振込が確認出来なければ法的措置を取るとまで書かれている。俺の全身から血の気が引いた。どどどど、どうしよう。俺、そんなお金持っていないし、学校にこんな請求書が届いて裁判沙汰になったら……。
取り敢えず、このページのブラウザを閉じて、こっそり視聴覚室を出れば、誰がやったかバレずに済むかもしれない。俺はその可能性に懸けるしかなかった。俺は慎重にパソコンの電源を落とすと、廊下に人がいないか気にしいしい視聴覚室を出た。
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